芥川龍之介 手帳5 (4)
〇Germ. 下宿 姊26(結婚後)――dilettante. 妹――naïveté. 二人に對する態度異る married life も二つになるべし 「妹に對する愛をのべ 姊のゐる爲に妹は不幸になる 君妹の不幸をすくへ」と云ふ手紙 ○中學卒業後一二年の學生 先生對生徒の氣もち mistake を mistake とする氣もち ○鄰室に姊病氣にてねてゐる ウハ言に弟の名をよぶ 「姊さんに見つかると大變故かくしてくれ 恐しい手紙が來た」
[やぶちゃん注:「Germ」菌(細菌・病原菌)・芽生え・兆し・根源・起源・胚種などの意。]
○姊に對する endearment. ソノ爲ニ姊の夫ニ惡マルルヲ恐ルル氣もち(Ichikawa)
[やぶちゃん注:前とセットで、「秋」(大正九(一九二〇)年四月『中央公論』)の構成との親和センチメートルが高いようには感じる。
「endearment」親愛の情。
「Ichikawa」市川? 不詳。]
〇六十九の老婆 腎臟炎 萎縮腎 夜笑ふ 看護婦起さる 飮食せず 三時間持たす 十六日間不整の呼吸(時々深呼吸) 目をつぶつてゐる 看護婦氣味惡がり醫者に訴ふ 皆 何かついてゐると云ふ 海軍少佐迄つりこまれる ○嚥下作用なし 水も出る 瞳孔散大せず 縮小す 電氣をやるも反應なし 眼瞼の反射もなし 時々顏及全身に浮腫來る 尿出ず 時々大量に出ると浮腫來る ボロを股間にかふ それがぐつしよりになる カンフルは爾後八九筒せしのみ 浮腫甚しくして死ぬ 靑ぶくれ
[やぶちゃん注:次と併せて、相当に組み上げた構想のようだが、出来上がっていたら、かなり凄惨なリアリズム作品となったものと思われる。「玄鶴山房」(昭和二(一九二七)年一月『中央公論』)の原型構想の一つか?
「萎縮腎」腎臓の尿細管・糸球体などが広範囲に萎縮し、腎臓全体が小さくなると同時に硬くなる状態。腎硬化症とも呼び、腎機能が低下して尿量が増え、進行すると腎不全となって死に至る。]
○萎縮腎 肝臟肝大( or癌) 水氣が來ると服藥す 利尿劑(尿に蛋白あり) 死ぬ前年入院し四ケ月 いやになり退院す 浮腫甚し(顏) 服藥して(四五囘)とれる(十日) 萎縮腎の關係上心臟惡るければ息切れる 六ケ月あまり床につき切り カンフル注射三筒(前の日にもカンフル一筒) 午後四時頃する その一週間前より安息香酸ナトリウムカフェイン(アンナタ)の注射をする 利尿強心藥も何ものまぬ故毎日二筒
[やぶちゃん注:「安息香酸ナトリウムカフェイン」通称「アンナカ」で「アンナタ」は恐らく旧全集編者の誤判読とも思われる。カフェインと安息香酸ナトリウムとの塩複合体で、強心剤や鎮痛剤にも用いられ、眠気をとったり、頭痛を和らげる作用がある。薬効は主にカフェインによる(ウィキの「安息香酸ナトリウムカフェイン」に拠る)。]
○お爺さんは腰が曲つてゐる 歩く時はさも重たさうに歩く(子供)
[やぶちゃん注:これこそ強く「玄鶴山房」を想起させる。]
○猫の作文を作りし子供曰 人我を猫に似たりと云ふ
○堀謙德 西域記
[やぶちゃん注:「堀謙德」(ほりけんとく 明治五(一八七二)年~大正六(一九一七)年)はインド哲学者。三重出身で東京帝大文科大学及び東京帝大大学院修了。後、明治三八(一九〇五)年にハーバード大学研究科で四年間、修学。梵語学・英語学を学んで、二年後にコロンビア大学でM.A.(文学修士)の学位を取得。帰国後、明治四二(一九〇九)年に東京帝大文科大学講師となり、インド哲学・梵語学を講じる傍ら、同大学のマックス・ミュラー文庫の整理に当たった。著書に「美術上の釈迦」「解説西域記」(明治四五(一九一二)年一月一日刊。メモの書名はこれであろう)「印度仏教史」などがある。]
○貧民通俗小説をよむ 伯爵大學生など出て來るとよろこび貧民出て來ると悲觀す(美しき村)
[やぶちゃん注:草稿断片「美しい村」(大正一四(一九二五)年頃と推定)の構想の一つか。]
○貝原益軒の謙遜
[やぶちゃん注:大正一三(一九二四)年九月号『文藝春秋』巻頭の連載「侏儒の言葉」初出の「貝原益軒」の構想メモ。私の『芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈) 貝原益軒』を参照されたい。]
○監獄改良案
○新しい母のthema. 老いたる人形
○母 息子の結婚近づくと共に落莫に堪へかね情人をつくる話 drama.
○父の結婚 長男反對 次女反對 三男贊成 老いたる人形のdrama comedy.
〇ムヤミにものを買ふ癖 細君一一斷つて歩く
○自轉車を股へのり入れる 職人曰おらあトンネルぢやねえぞ
○家の前に線香を立つ ○壯士を東京 or 田舍よりやとふ。日當東京のは二圓、田舍のは一圓 ○興奮してかへる 妻と喧嘩す 國家の爲 ○鐘一つ 拍手三 シヤンシヤンヨ オシヤシヤンノシヤンヨ と叫ぶ 〇一票五圓 名刺の下に入る 向うより告發すれば名譽毀損すと云ひこちらより告發す
〇四方より金をとる 告發さる どちらとせうかと思ふ ○旅費を拂つたのに運動せぬと云つて告發す ○買收する人 金を鞄に入れると見つかる故 下駄のうら 靴下の中等にかくす ○買收する人 收出の傳票を煙草盆 火入れの裏等にはる 百圓は10也 English written は却つて面倒故10を用ふ 10ならば十錢とも云ひ得らる ○以上美しい村
[やぶちゃん注:恐らくは「○家の前に線香を立つ」からここまでは草稿断片「美しい村」(大正一四(一九二五)年頃と推定)の構想メモである。]
○明治神宮の敷地に土工野合す 不淨なりとしてその下の土を一丈も掘る 皇居造營の小便
○園女 惟然 支考 許六
○物臭太郎 1女子2金持3藝術4學問(算の道)5超自然6小人島(政治)
○代人を使ひ 生命保險をつけ娘の死後その金をとらんとする母
○⑴主人の命を雇人がちやんと聞きて行動すれば客は機械の中にゐるやうな氣がしてたまらず 氣づまりになる ⑵大局さへ損しなければ雇人の我ママをゆるす ⑶客がやかましく云はぬと主人の言とほらず ⑷一人の賢女より三人の愚女ヨシ 一人の賢女には自然とヒイキをする故をさまらず ⑸女中は甲の部屋の事を乙の部屋へ行つて話すべからず ⑹symbolical part if land-lord.
[やぶちゃん注:「symbolical part if land-lord.」「主人であるならば、それは象徴的な重要なる要素。」の意か。]
○上流社會は宿屋へその家庭の暗黑面を曝露に來る
○Savages kill animals and worship them :
this may be the origin of "the respect for one's enemy"= reflection of his own satisfaction.
[やぶちゃん注:野蛮人は動物らを殺すと同時に、彼らを崇拝する。これは或いは、「その人のある敵に対する敬意」――彼自身の満足感の反映――の起源であるのかも知れない。]
○Forerunners are always men, but their
successors always beasts. Impossibility of Ut.
[やぶちゃん注:先駆者は常に男性であるが、彼らの後継者は常に獣である。「Ut」の不可能性。「Ut」不詳。]
○They don't know the exact location of
social illness but facts. The conceit of the politicians.
[やぶちゃん注:「彼等は、単なる事実以外には、社会的な病いの正確な位置付けについての知識を持たない。政治家どもの自惚れ。」これは大正一三(一九二四)年十一月号『文藝春秋』巻頭に連載された「侏儒の言葉」の「政治家」二章の冒頭、
*
政治家
政治家の我我素人よりも政治上の知識を誇り得るのは紛紛たる事實の知識だけである。畢竟某黨の某首領はどう言ふ帽子をかぶつてゐるかと言ふのと大差のない知識ばかりである。
*
の原案であろう。『芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈) 政治家(二章)』も参照されたい。]
○When impassioned by love, revenge or
desire to get a fashionable dress, a woman's face becomes suddenly younger, say,
15 years.
[やぶちゃん注:「華麗なるドレスを得たいという、愛或いは復讐又は願望によって情熱的な時、女の顔は、突然、より若くなる、多分、その年よりも十五歳は若く、だ。」。これは恐らく、大正一四(一九二五)年八月号『文藝春秋』巻頭に載った連載「侏儒の言葉」の「女の顏」の原案であろう。初出形を以下に示す。
*
女の顏
女は情熱に驅られると、不思議にも少女らしい顏をするものである。尤もその情熱なるものはパラソルに對する情熱でも好い。
*
現行の単行本「侏儒の言葉」では第二文末尾に手が加えられて、「尤もその情熱なるものはパラソルに對する情熱でも差支へない。」となっている。『芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈) 女の顏』も参照されたい。]
○Humanity is too stupid not to be ruled by
a despot, but that despot must be in favour of the oppressed but not of the
oppressors.
[やぶちゃん注:「人類は一人の専制君主によって統治されないほどには「十分に愚か」であるのだが、しかし、その専制君主は、圧政者どもを除いた、虐げられた人々をこそ支持しなければならぬ。」訳に自信なし。]
〇彼は chewing-gum を製造して millionaire になつた 我々はその wealth に敬意を表する しかし gum には敬意を表さない しからば artist に敬意を表しても artistic work に敬意を表せぬのは當然ぢや 或 Capitalist の言
[やぶちゃん注:「wealth」富。「Capitalist」資本家。]
○⑴文藝の demoralizing Power をとくものは決して demoralize せざるやつ也 ⑵Political conflict の眞面目なるは亡國のみ
[やぶちゃん注:「文藝の demoralizing Power をとくものは決して demoralize せざるやつ也」の「demoralizing Power」は「士気と自立に於いてそれらを致命的に破滅させる力」の意で、「とく」は「説く」、「demoralize」は「士気を挫(くじ)く」の意、」であろうが、どうも意味が分らぬ。「Political conflict」政治的抗争。]
○醫學士 三浦内科三年 三國の院長になり五年 金をため東京へかへり 博士論文をかきにかかる 下宿屋に住み法醫學科へ入る 三年かかり論文出來 急に結婚し滿鐡の營口病院の内科長になる 三國(越前) 豪商豪農――肥料 銀行 船――に取入る ソノ分家の娘を貰ふ 不器量 金談纏らず 娘をもらはず ○藥價高ければ高きほどよくはやる 建物七 or 八萬、維持費とも十二、三萬圓。
[やぶちゃん注:事実メモと思われる。
「三國」は後に「越前」とあるから、福井県にあった旧三国町(みくにちょう・現在は同県坂井市内)のことである。
「營口病院」は満州国の港町である、現在の中華人民共和国遼寧省営口(えいこう)市にあった「營口滿鐡病院」。]
○孔子の遊説はheavenly paradise の也 earthly paradise の爲にあらず 石門の吏 thema.
[やぶちゃん注:「石門の吏」「論語」「憲問第十四」「四十一」を指す。
*
子路宿於石門、晨門曰、奚自、子路曰、自孔氏、是知其不可而爲之者與。
子路、石門に宿る。晨門(しんもん)、曰く、
「奚(いづ)れよりぞ。」
と。子路、曰く、
「孔氏よりす。」
と。曰く、
「是れ、其の不可なることを知りて而もこれを爲すさんとする者か。」
と。
*
「石門」地名。魯の国境附近か。「晨門」晨(あした)と昏(たそがれ)時に門を開閉すること掌る門番のこと。この門番はただの門番ではなく、長沮(ちょうそ)・桀溺(けつでき)と同じく、明らかに老荘的隠士である。]
○Double profession of Prof. 1) teaching. 2) studying. Miserable life.
[やぶちゃん注:「Double profession of Prof.」教授職の二重の専門性。芥川龍之介には大阪毎日特別社員招聘と同時進行で慶応義塾大学への奉職話もあった。それなりに乗り気ではあったようだが、まさにここで彼が言うように、かれは別な意味で「悲惨にして不幸で哀れな人生」を送ったかも知れない。]
○求偉――inferno――求福―――disillusion
Socialism
[やぶちゃん注:「Socialism」は底本では「求福―――disillusion」(「disillusion」は「幻滅」の意)のダッシュの直下に入っている。]
○女中 letter papers をつかひ手紙をかく
主婦いましむ 主婦の娘を嫁せしむ 手紙をかく 女中をせめず 娘曰とてもお母さん程かけない
○女男に惚れてゐる 男度々女を訪ふ 一日壁をぬりかふ 男 propose す
○講演會にて童話をうたふ 子供笑ふ 司會者出ろと云ふ 皆出ず
[やぶちゃん注:「出ず」は「出づ」の誤記か? 子供だけでなく、聴衆全員が出て行ってしまうから面白いはず。]
○赤襟さん――赤天鷲絨の襟 研究所にて美少年の石膏ばかり寫す (セネカなどはうつさず) 友人の女はきたなきモデルをうつす
[やぶちゃん注:「天鷲絨」ビロード。
「セネカ」ローマ帝国の政治家で後期ストア派の哲学者にして詩人でもあったルキウス・アンナエウス・セネカ(紀元前一年頃~六五年)の肖像彫刻は美術デッサン用によく見かけるものである。]
○兄 妹の爲に父と喧嘩し 兄の親友にそはさんとす 親友の不良を知る 兄妹心中
○女の母の兄へ紹介す(石川等三人) 薄暮 小學校庭 ボオルしてゐる 巡査に問ふ ○の家を知るか 巡査とひかへす 東京へ畫をかきに行つてゐると云ふ 巡査叮嚀になる 家の口花壇 斷髮(ダンパツ令孃)の妹出で待たせる 女出でてあふ 高山へゆく(三里)(女より宿屋へ紹介狀を貰ふ) 宿に紹介狀を見せずとまらんとす 斷る 紹介狀を出す 忽ち奧へ通す 翌朝三人ねてゐるうちに女史來る 三人女の叔父の家へ行き 三時頃かへる 東京の友へハガキを出す(異郷萬里の空云々) 東京の友 女に友を世話せし禮を云ふ 女曰「我入沿中小僧應待せしが 皆頭の毛長し 故に小僧不逞鮮人と思ひ 番頭のもとへかけつける 女その間に三人に應待す 番頭等數人ドヤドヤ入り來り三人と女との間に入り互に見比べる 女變に思ふ 疑はれしに非ずやと思ふ 後にてわかる 番頭あやまる 女その時三人に宿をきかる 故に考へ中なり 三人疑はれしを知らず
[やぶちゃん注:後の設定はかなり細かいが、どうも人物設定やストーリーを腑に落ちるようには理解出来ない。]
○寫生道具をはこぶ 散歩に出る 共に洋裝なり 停車場へ行つて見たいと思ひ側に花屋のある事を思ひ出す 女ついて來る 花の話出る 買つたらどうだと云ふ もじもじす 金なからんと思ふ 向うより姊來る 女姊と私語す 女急に
heiter になる 「金を貰つたね」と云ふ 「ええ」 よき花なし かへつて來る 途中のカフエにて休まんとす 「姊さんがかへりにアイスクリイムでものめと云つて金をくれた」と云ふ 男金を出す 女も出す 男かへす 姊さんに叱られると云ふ (櫻井女塾) 家は山間にあり 前の川には鮎とれる 親戚「東京へ行くと肺病になる」と云ふ 兄俳句をつくる 兵隊になつてゐる 國文科へはひらんと思ふ 兄英語をやれと云ふ故はひる興味なし ○細君は子供一人 亭主米國にあり 突然「ニユヨクは暑いでせうね」と云ふ 細君ミシンを習ひ 殊に洋服をつくる 細君國より金來ると云ふ 手紙來れども金來らず 妻紛失すと思ひ出たらば二十圓(一割)やると云ふ 國をとへば金を入れずに送りし也 金をくれる 女 Chekhov 全集を買はんと云ふ 金來るに及び帽子に代る ○子供女の洋服に小便す その後同じ洋服をきて來る
[やぶちゃん注:これも異様に細部まで構成されているのであるが、やはり人物設定やストーリーが判然としない。不思議。
「heiter」ドイツ語で「快活な」の意。
「櫻井女塾」日本における初期の女子教育を担った、教育者で女性の櫻井ちか(安政二(一八五五)年~昭和三(一九二八)年)が明治二八(一八九五)年に東京本郷に設立した寄宿制の女子教育施設。]
○生命保險娘毒をのんで死す繼母 發狂 名前人變更
○他の方面へ向へば偉大なるベき才能が運命の爲にその方向へ向けられた爲死ぬ Hamlet.
○河童國 壯重の事を云ふと笑ふ すべてを逆にせよ
[やぶちゃん注:上記は明らかに「河童」(昭和二(一九二七)年三月『改造』。リンク先は私の電子テクスト。私のマニアックな注釈は別ページ仕立て。他に『芥川龍之介「河童」決定稿原稿の全電子化と評釈 藪野直史』や、『芥川龍之介「河童」決定稿原稿(電子化本文版) 藪野直史』も用意してある)に発表のプレ構想。]
○兄弟 弟秀才 兄ヤケ 和睦
○支那漫遊記の「漫遊」と云ふのは如何と兄にきく お前の心の如し
○利根川の麥畑に坐り遠く川に流さるるを感ず
○姊と弟 不良少年
○小穴氏の足を斬つた話
[やぶちゃん注:盟友で画家の小穴隆一は脱疽のために大正一二(一九二三)年一月四日に右足首の切断術式を受けた。芥川龍之介はこの手術と、その前の右足第四指切断(前年十二月二日施術。手遅れであった)の二度とも手術に立ち会っている。]
○爺さん 目くら 呼鈴などなほす 左の耳だけ風をひく
○婆さん 腰ぬけ(腦エンボリ) 一の字も引けず 飯を食ふ時匙使へずして泣く ○妾(女中) 子供二人 お父さん おぢいさん 船橋 銚子へやる ○爺さん 書家 結核 六尺の褌(妾を銚子へやりし晩) バットをやめる すふと咳きこむ(疾の出るまで) 咳く故三十分も苦しむ 妾の名のみを呼ぶ 「あなたも死にますね」 ウハ言に妾の名を呼ばす ○養子 温厚人 結核をおそる 日曜も子供を遊ばせず 古鏡 古錢雜誌 古錢會 子供にも凡人になれと乙彦(オトヒコ)とつける ○妻 善人 五歳の女の子と共にねて産をする 「カアチヤンガオ産ヲシテキタナイヨ」と云ヒ婆さんの床の中へはひこむ ○妾の子供一人 妻の子供一人 常に喧嘩
○婆さん 右の手だけきく 便器をさし入れる 手をふかず 「永井さん」に禮を云ひて泣く
[やぶちゃん注:これもまさに臭ってくるリアリズムの構想メモである。やはり「玄鶴山房」のプレ構想か?
「腦エンボリ」脳の「エンボリズム」(Embolism)で、脳血管「塞栓症」の意。脳血管の病変ではなく、より上流から流れてきた血栓(栓子)が詰まることで発生する脳虚血のこと。]