ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 大人國(5) 箱の中の私(Ⅲ) / 箱の中の私~了
〔四章〕
こゝで私はこの國の有樣をちよつと簡單に説明しておき〔たいと思ひ〕ます。
この國は大きな半島になつてゐて、北東の方に高さ三十哩の山脈がありますが、それらの山は頂上がみな火山になつてゐるので、そこから向ふへ越すことはできないのです。〔だから、〕そのには、どんな人間がゐるのか、〔はたして〕人が住んでゐるのかどうかも〔か〕、誰それはどんな偉い學者にもわからないのです。國の三方は海で圍まれてゐますが、港といふものは一つもないのです。海岸には尖つた岩が一面に立ち並んでゐて、海が荒いので舟■〔で〕乘りだす人はゐません。だから、この國の人は他の國と行來することはまるでないのです。〔ありません。〕大
[やぶちゃん注:「そのには」はママ。以下に見る通り、現行版は『その向うには』。
現行版は改行なく、次の段が続いている。現行版は以下の通り(段落ごと後の分まで総て出す)。
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この国は大きな半島になっていて、北東の方に高さ三十マイルの山脈がありますが、それらの山は頂上がみな火山になっているので、そこから向うへ越すことはできないのです。だから、その向うには、どんな人間がいるのか、はたして人が住んでいるのかどうか、それはどんな偉い学者にもわからないのです。国の三方は海で囲まれていますが、港というものは一つもないのです。海岸には尖った岩が一面に立ち並んでいて、海が荒いので舟で乗り出す人はいません。この国の人は他の国と行き来することはまるでないのです。大きな川には舟が一ぱい浮んでいて、魚類はたくさんいます。この国の人たちは海の魚はめったに取りません。というのは、海の魚はヨーロッパの魚と同じ大きさなので、取ってもあまり役に立たないからです。しかし、ときどき、鯨が巌にぶっつかって死ぬことがあります。これは捕えて、みんな喜んで食べています。
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「三十哩」四万八千二百八十メートル強。]
大きな川には舟が一ぱい浮んでゐて、魚類もたくさゐます。この國の人たちは海の魚は滅多にないのです。といふのは〔は〕海の魚はヨーロッパの魚と同じ大きさなので、とつても〔あまり〕役に立たないからです。しかし、時時、鯨が巖に打突つて死ぬことがありますがするとこれは捕へて、みんな喜んで食べてゐます。中には独りではとても擔げないやうな、隨分大きなのがゐます。
[やぶちゃん注:最後の一文は現行版には存在しない。因みに、一人では「擔」(かつ)「げない」という基準(一人の)は、言わずもがな乍ら、ガリヴァーら普通の人間「一人」である。]
この國は非常に人口が多くて、五十一の大都市と百近くの市や村落があります。國王の宮殿〔の建物は〕不規則にならんでゐて、〔その〕周圍は七哩あります。おもな部屋は高さ二百四十呎、幅と長さもそれと〔同じ〕くらゐです。
[やぶちゃん注:現行版には最後の一文がない。「市」の『町』となっている。
「二百四十呎」七十三メートル十五センチ。]
グラムダルクリッチと私には馬車が許されてゐましたので、これに乘つて、市内見物に出たり、店屋に行つたものです。私はいつも箱のまま連れて行かれるのですが、〔街の家々や人々がよく見えるやうに〕グラムダルクリッチ度度、私を取出して手の上に乘せてくれました。ある日、〔たまたま〕馬車が〔を〕ある店先に停め■れる〔る〕と、〔それを見て〕乞食の群が、一せいに馬車の兩側に集つて來ました。
[やぶちゃん注:現行版はここに改行はない。]
これは實に物凄い光景でした。胸におできのできた女の〔が〕一人ゐましたが、とても大きく脹れ上つてゐて、一面に孔だらけなのです。その孔といふのが〔、〕私には〔の身躰など〕潛り拔けることが出來さうな奴です。だが何よりたまらなかつたのは、彼等の着物を這ひ𢌞つてゐる虱でした。〔それが〕丁度〔、〕あのヨーロッパの虱を顯微鏡で見るときよりも〔、〕もつとはつきり〔肉眼で〕見えるのです〔ます〕。そして〔、〕あの豚のやうに嗅ぎまはつてゐる鼻など、こんなものを見る〔た→る〕のは、はじめてでした。
いつも私を入れて步いてゐた箱の外に〔、〕王妃は、旅行用として〔、〕小さいの〔箱〕を一つ作らせてくれました。今までの〔箱〕は〔、〕グラムダルクリッチの膝には少し大きすぎたし、馬車で持運ぶにも少しかさばりすぎてゐたからです。この旅行用の箱は〔、〕正方形で、三方の壁に一つづつ窓をあけ〔がつけてをり〕、どの窓にも外側から鐵の針金の格子がはめてありました。一方の壁には窓はなくて、二本の丈夫な留金がついてゐます。私が馬で行きたいという時には、乘手がこれに〔革〕帶を通して、しつかり腰に結びつけるのです。
[やぶちゃん注:幾つかの箇所が現行版と異なる(下線やぶちゃん)。
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いつも私を入れて歩いていた箱のほかに、王妃は、旅行用として、小さい箱を一つ作らせてくれました。今までのは、グラムダルクリッチの膝には少し大き過ぎたし、馬車で持ち運ぶにも少しかさばり過ぎたからです。この旅行用の箱は、正方形で、三方の壁に一つずつ窓があり、どの窓にも外側から鉄の針金の格子がはめてあります。一方の壁には窓がなくて、二本の丈夫な留金がついています。私が馬車で行くときには、乗手がこれに革帯を通して、しっかり腰に結びつけるのです。
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こんな風にして、私は國王王妃のお伴をして〔行列に加は〕つたり、公園など見物したり、宮廷の貴婦人や大臣を訪問したりしました。〔といふのも〕兩陛下のお蔭で、私の名前は急に大官たちの間で有名になつてゐ〔來〕たからです。旅行中もし馬車に倦きると、召使が彼の前の蒲團の上に箱をおいてくれます。そこで、私は三つの窓から〔外の〕景色を眺めることができま〔るので〕した。この箱には、折疊みのできるベツドが一つ、ハンモツクが一つと、椅子が二つ〔、〕テーブルが一つ、それぞれ、床板に〔、〕ねぢで留めてあり、馬車が搖れても動かないやうにしてあります。〔りました。〕私は長い間、航海に馴れてゐたので、馬車の搖れるのも割りに平気でした。
[やぶちゃん注:現行版を示す(下線やぶちゃん)。
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こんなふうにして、私は国王の行列に加わったり、宮廷の貴婦人や大臣を訪問したりしました。というのも、両陛下のおかげで、私は急に大官たちの間で有名になってきたからです。旅行中もし馬車にあきると、召使が彼の前の蒲団の上に箱を置いてくれます。そこで、私は三つの窓から外の景色を眺めるのでした。この箱には、折り畳みのできるベッドが一つ、ハンモックが一つ、椅子が二つ、テーブルが一つ、それゾㇾ、床板にねじで留めて、馬車が揺れても動かないようにしてありました。私は長い間、航海に馴れていたので、馬車の揺れるのも、わりに平気でした。
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「床板に、ねぢで」の挿入読点は生きていない。
なお、この段落の始まりの上方罫外には規定字数が行数を計算したものか、
175
144
―――
31
という計算式がメモされてある。]
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