ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 大人國(3) 箱の中の私(Ⅰ)
<三章> 箱の中の私
私は毎日、忙しく動きまはらされたので、二三週間もすると、とうたう身躰の調子が変になりました。主人は私のおかげで、儲ければ儲けるほど、ますます欲ばりになりました。私はまるで食事も欲しくなくなり、殆ど骸骨のやうに瘦せ細りました。主人はそれを見ると、これは死んでしまふに違ひないと考へ、〔これが〕生きてゐるうちに、出來るだけ儲けておかうと決心したやうです。
丁度、彼がこんなことを考へてゐるところへ、宮廷から一人の使者がやつて來ました。王妃と女官たちのお慰みにするのだから、すぐ私を連れて來いといふ命令なのです。〔これは〕女官たちの中には、もう私を見物したものも〔が〕あつて、私の振〔るまひの〕美しいこと、賢いことなど、いろいろと珍しい話を申し上げてゐたからです。
さて宮廷に私がひき出されると、王妃や女官たちは、私の物ごし、態度を見て、たいへん面白がりました。私は早速、ひざまづいて、王妃の御足にキスすることをお願ひしました。しかし、慈深い王妃は〔、〕手の小指を差出されました。私はテーブルの上に置かれてゐたので、その小指を兩腕でかかへて、その先にうやうやしく唇をあてました。
[やぶちゃん注:「慈深い」現行版では「慈」に「めぐみ」とルビする。]
陛下〔王妃〕はまづ〔、〕私の國や旅行について、いろいろ質問されました。私はできるだけ簡單に、はつきりと御答へしました。それから陛下〔王妃〕は、宮廷に〔來て〕住む気はないかと聞かれました。そこで、私はテーブルに頭をすりつけて、
「只今は主人の奴隷でございますが、もし願ひが〔お〕許され〔しが出る〕のでしたら、私は陛下に一身を捧げてお仕へしたいと存じます」と答へました。す
すると、陛下〔王妃〕は主人に向つて、
「これをいい値段で賣つて〔は〕くれないか」とお尋ねになりました。主人の方では、私がとても一月とは生きてゐまいと思つてゐたところですから、
「それでは、お讓り致しますが、金貨一千枚頂戴致したいと存じます」と云ひました。陛下はその場ですぐ支拂は〔お金を渡さ〕れました。その時、私は陛下〔王妃〕に申上げました〔次のやうに、お願ひしま〕した。
[やぶちゃん注:一ヶ所の「陛下」は書き変えられていない。現行版は「王妃」。]
「これから陛下にお仕へするにつきまして、お願ひしたいことがあります。それは今日まで私のことをよく気をつけて面倒をみてくれてゐたグラムダルクリチを〔も〕〔のことです。あの女ひとも一つ〕〔宮廷で〕お召し使ひになり、これからもずつと私の乳母と教師にさせていただきたいのです」
[やぶちゃん注:現行版では末尾が「いたゞけないでしょうか。」となっている。]
けないでしようか。」
陛下〔王妃〕はこの私の願ひを承知〔すぐ許さ〕されました。が、父親の方もこれは譯なく承知しました。彼は自分の娘が宮廷に召し出されることは願つてもない〔彼には〕〔ので彼は大〕喜びで、〔した。〕娘の方も悦しさは包みきれないやうでした。そこで舊主人は私に別れを告げ、〔、〕よい御奉公をしろ〔するのだよ〕と云ひながら出て行きました。私は輕くおじぎしただけで返事もしな〔てやらな〕かつたのです。
[やぶちゃん注:この段落は現行版と異なる。以下に示す(現行版は次の段落と連続している)。
*
王妃はこの私の願いをすぐ許されました。が、父親の方もこれはわけなく承知しました。自分の娘が宮廷に召し出されることは、彼には願ってもない喜びでした。娘の方も、うれしさは包みきれないようでした。そこで旧主人は私に別れを告げ、
「よい御奉公をするのだよ。」
と言いながら出て行きました。
私は軽くおじぎしただけで、返事もしてやらなかったのです。王妃は、私のこの冷淡さに気がつかれ、どうしたのか、とお尋ねになりました。そこで、私はありのまゝを申し上げました。
*]
王妃は、私のこの冷淡さに氣がつかれ、百姓〔舊主〕人が出て行つてしまふと、どうしたのかとおたづねになりました。〔そこで〕私は舊主人のことをありのまま〔を〕〔王妃〕申上げました。
「私はあの主人に畑のなかで見つけ出されたのですが、その時、頭を打ち碎かれなかつたこと〔だけ〕が、まあ恩といへば云へるのです〔でせう〕。あの男も、〔主人は〕私を見世物にしたりして、〔さんざ大〕儲け〔し〕たのですから、私は主人の恩に〔は〕充分報いてゐるはずです。これまで私の送つて來た生活は、どんな〔私より十倍〕強い動物でも、死んでしまふだらう〔ひさうな〕、そんな、ひどいものでした。毎日すず〔つづ〕けざまの骨折りのため、私の身躰は非常に弱つてゐました。主人はもう私が長生しないと思つたから、陛下に賣りはらつたのです。
[やぶちゃん注:この台詞の前半部も現行版とは少し異なる。以下に示す。
*
「私はあの主人に畑の中で見つけ出されたのですが、そのとき、頭を打ち砕かれなかったことだけが、まあ有り難かったのです。主人は私を見世物にしたりして、さんざ大もうけしたのですから、私は主人の恩には充分報いているはずです。これまで私の送ってきた生活は、私より十倍強い動物でも、死んでしまいそうな、そんな、ひどいものでした。毎日つゞけざまの骨折りのため、私の身体は非常に弱っていました。主人はもう私が長生きしないと思ったから、陛下に売り払ったのです。
*]
けれども今では、自然の光、世界の愛人、〔人〕民の喜び、天地の不死鳥であらせられる陛下に保護されましたので、もう私は悪い扱ひをされる心配もなくなりました。陛下の御顏を眺めさせて頂くだけでも、私は身うちから〔もう、ひとりでに〕元気の湧いてくる氣持が致します。」
[やぶちゃん注:現行版では「不死鳥」に「フエニツクス」のルビを振る。]
私はざつと、こんなふうに〔王妃に〕申上げました。が何分王妃は私の挨拶をきかれると、とにかくこんな小さな動物が〔に〕、こんな智惠と分別があるのを、すつかり驚かれました。そこで、王妃は手〔掌〕の中に私を入れて、國王〔陛下〕の部屋に〔の〕ところへつれて行かれました。
國王陛下は〔、〕非常にいかめいしく〔、〕重おもおもしい〔、〕顏つきの方で〔をされてゐ■〕したが、はじめは〔、〕私の恰好がよくお分りにならなかつたらしく、
[やぶちゃん注:途中であるが、注する。
「いかめいしく」はママ。「い」を削ったつもりで「し」を抹消した誤りである。
「顏つきの方で〔をされてゐ■〕したが、」の併存箇所もママ。現行版では「顏つきの方でしたが、」である。]
「いつからスプラクナク(この國の動物)など可愛がつてるのだね」
と、王妃にお聞きになりました。〔これは〕私が、王妃の右手の中にうつぶしてゐたので、国王は、てつきりそれ〔私〕をスプラクナク(この國の動物)だと思はれたのでせう。
ところが、王妃は非常に氣のきいた、面白い方〔こ〕との好きな方でしたから〔。〕私をそつと書きもの机の上に置くと、一つ〔国王に〕身の上話を申上〔して→して上〕げなさいと仰せ〔せ〕られました〔るのです〕。私はごく簡單に話しました。その時、部屋の戸口までついて來て、私から目を離さなかつたグラムダルクリ〔ツ〕チが〔部屋のなかに〕入つて來ました。彼女〔私の乳母→彼女〕は私が彼女の父の家に來てから以來のことを全部のこらず、陛下に説明申上〔してきかせ〕ました。
國王は、この國第一〔番〕の學者で、哲學や數學を〔に〕詳しい方でした。はじめ〔、〕私がまだものを言はないで、まつすぐに立つて步いてゐるのを御覽になつた時、これは誰か器用な職人が工夫した、ぜんまい仕掛〔の人形〕ではないかと、お考へになりました。けれども、私の声を聞き、私の言ふことが、一つ一つ道理にあつてゐるのを御覽になると、流石にびつくりされたやうでした。
[やぶちゃん注:この段落も現行版とは微妙に違う。
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国王は、この国一番の学者で、哲学や数学にくわしい方でした。はじめ、私がまだものを言わないで、まっすぐに立って歩いているのを御覧になったとき、これは誰か器用な職人が工夫して作った、ぜんまい仕掛の人形だろう、とお考えになりました。けれども、私の声を聞き、私の言うことが、一つ一つ道理に合っているのを御覧になると、さすがにびっくりされたようです。
*
「ぜんまい」は底本では傍点「ヽ」。]
しかし、國王は、どうして私がこの國へ來たか、それだけは〔、〕私の説明では〔どうも〕滿足されなかつたの〔やう〕です。これはグラムダルクリッチと父親がでつち上げた作り話だらう、よい値段で賣りつけるために、二人で言葉を教へこんだのだらう、といふ風にお考へになりました。それで陛下は私にむかつて、まだ、いろいろ〔と〕質問〔を〕されました。
私の返事は〔言葉の〕訛りと百姓の調子が私はすじみちの立つや返事を申上げました。ただ、私の言葉〔に〕は訛りがあり、農家で覺えたのですから、宮廷の上品な言ひ方ではなかつたの〔わけ〕です。
この國では毎週、三人の大學者が、陛下のところに集まることになつていました。陛下は、その三人の學者を呼んで、〔この〕私を御みせになりました。〔研究ささられました。〕これは一たい何だらうかと、學者たちはしきりに〔首をひねつて〕私の形を調べてゐましたが、みんな〔、〕まちまちのことを云ふのでした。
[やぶちゃん注:「研究ささられました」現行版では「研究させられました」。]
これはどうも自然の正しい法則から生れたものではない、こんな身躰では木に攀ぢ登ることも、地面に穴を掘ることも出來ないからさぞ困るだらう、といふこと〔だけ〕は、三人とも意見が合ひました。
彼等は私の齒をよく調べてみた上で、これは肉食動物だと云ひ出しました。ところが、大概の四足獸は私より強いのです。野鼠でも私より敏捷でした。それ
なら〔これでは〕、蝸牛か蟲でも食べるのでなければ、生きて行けるとは考へられないのです。ところが〔、〕いろいろやつてみても、私はとてもそんなものを〔は〕食べないといふことが分りました。
學者の一人は、もしかすると、これはまだ産れない前の人〔子〕供だらう、と云ひだしました。だが、〔これには〕二人の學者は〔が〕これに〔すぐ〕反対しました。これには手も足もちやんとついてゐる、それに髯まである、髯は蟲眼鏡で見なければわからないが、とにかく、〔これは〕数年間は生きて來たものにちがひない、と二人の學者は言ふのでした。
學者たちは、また首をひねつて考へました言ひます。これは侏儒でもない、侏儒なら、王妃のお氣に入りの此〔こ〕の國第一の小人でも身の丈三十呎はあるのに〔が〕、これはもつと小さいから、侏儒とも云へないと云ふ〔不思〕議がるのでした。そんな風にいろいろと議論をしたあげく、三人はとうたう、かう決めてしまひました。これはつまりイルプラの
「自然の戯れ〔戯れ〕」だらうと〔自然がいたずらして作りだしたものだらう〕といふことになつたのです。〔て、〕私のことを、「自然の戲れ」だと〔彼等は〕云ふのでした。[やぶちゃん注:この抹消された『イルプラの』『「自然の戯れ〔戯れ〕』という一見不可解な部分は原文を見ると氷解する。ここで学者たちは主人公を“relplum scalcath”(レルプルム・スカルカス)なるものと断じ、これは“lusus naturae”(ルーサス・ナチュラエ)の産物だと言っているからである。前者は全く意味不明であるが、後者はラテン語で、英語の“Freak of nature”で、所謂、「出来損ない・奇形物・フリークス・先天性奇形」の意であって、まさに「造化の戯れ」と訳す語句だからである(これは英和辞典によれば一六六一年以前の謂い方であるとある。原民喜は当初、“relplum scalcath”(レルプルム・スカルカス)という最初の訳の分からない語をそのまま音写しようとして、子ども向けではその訳は無効と考えてカットし、ここは大幅に短縮訳していることが判るからである。なんたって、原文ではアリストテレスの名まで登場しているんである。
「三十呎」九メートル十四センチ強。]
ところで〔こんな風に〕學者たちが私を、「自然の戯れ」だなど云ふのをきいて〔決めてしまつたので、〕私は大へん〔それがひどく〕不服でした。そこで、私は國王陛下にお願ひしまし〔申上げまし〕た。
[やぶちゃん注:『「自然の戯れ」だなど云ふのをきいて〔決めてしまつたので、〕』はママ。現行版では『『自然の戯れ』だと決めてしまつたので、』と「と」が挿入されてある。]
「どうか私の話も〔申上げることも〕少し聞いて下さい。私はこう見えても、これでも故國(くに)に帰りさへすれば、私と同じやうな背丈の人間が、何百万人とゐるのです。そしてその故國〔そこ〕では、動物も樹木も家も〔、〕みんな私の身躰と同じ位の〔割合で〕小さいのです。ですから私でもその國では〔充分自分で〕身を守ることもできるし、ちやんと生きて行けるのです。」
[やぶちゃん注:この台詞はかなり違う。現行版は以下。
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「どうか私の申し上げることも少し聞いてください。私はこう見えても、これでも故国に帰りさえすれば、私と同じような背丈の人間が、何百万人といるのです。そしてそこでは、動物も樹木も家も、みんな私の身体と同じ割合で、小さくなっています。ですから、私でも、その国でなら、充分自分で身を守ることもできるし、ちゃんと立派に生きてゆけるのです。」
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原稿版にある「故國」の「くに」のルビは現行版には、ない。]
と、私は〔かう云つて〕學者たちの意見〔当ちがひ〕にを正してやつたつもりなの〔なの〕でしたが〔す。しかし〕、彼等はただニヤニヤ笑ふばかりで〔、〕した
「〔フン、〕〔あんなうまいこと云ふが、〕〔あの〕農夫からうまく教へこまれたな〔のだらう〕」と云ふものもありました。〔のでした。〕
しかし、陛下は私の云つたことをもつとよく考へてみて下さいました。〔流石に賢いお方でした。〔それで、〕學者たちを帰らすと、もう一度、〔私の舊主人の〕農夫を呼びにや〕られました。私の舊主人がやつて來ると、陛下はまづ御自身で〔、〕彼にいろいろ〔と〕お訊ねになりました。それから、次に、〔その舊主人と〕私と娘を
の を の ■■ ことを〔と父→と、〕三人をに〔目の前で〕話させて御らんになりました。そして、これは私たちの云つてることが〔、〕ほんとかもしれない〔、〕と〔いふ風に〕お考へになるやうになりました。
[やぶちゃん注:ここはかなり苦しんでいる。一部から書き換え始めて、途中からは後が普通に白紙原稿なのにマスを無視して書き継いでいるからである。]
「よく、この男の面倒を見るや
陛下は王妃に〔、〕私の面倒をよくみるやうに云ひつけられました。また、私とグラムダルクリッチが非常に仲好しなのを御覽になつて、私の世話はこの娘にやらせようと、お考へになりました。そこで〔、〕彼女は宮中に便利な部屋を一つあてがはれました。教育〔そし〕て〔、〕彼女の世話をするために〔、〕家庭教師の婦人が一人、それから着物の世話をする女中が一人、いろんな雜用をする召使が二人、それだけが彼女に附き添ふことになりました。けれども、私の世話は全部、グラムダルクリッチ一人がするのでした。
王妃は、お附きの指物師さしものしに云ひつけて、私の寢室になるやうな一つの箱を造らせになりました。これ〔を作る〕には〔、〕私とグラムダルクリッチが〔、〕いろいろ注文〔好み→注文→意見(かんがへ)〕意見を云つたのですが、指物師はとても器用な職人でしたから、三週間もすると、私の指圖したとほりに、縱橫十六呎、高さ十二呎、〔それに、〕窓と戸口と二つの小部屋のある〔、〕木造の室を作りあげました。それはまるで、ロンドンの寢室そつくりでした。
[やぶちゃん注:「十六呎」四メートル八十八センチ弱。
「十二呎」]三メートル六十六センチ弱。
この寢室の天井の板は〔、〕二つの蝶番で〔、〕開けたてできるやうになつてゐます。家具師が持つて來た寢臺を〔、〕その天井の〔ところ〕から入れました。寢臺は毎日、グラムダルクリッチが取出して日にあて、ちやんと自分で整へては、晩になると中に入れ、天井に錠を下ろすのでした。
それから、小さい骨董品などを拵へるので有名な一人の職人が、私のために、象牙みたいなもので〔、〕凭〔つ〕かかりのつゐた椅子を二つ、抽出つきのテーブルを二つ作つてくれました。寢室の〔室〕部屋は壁も床も天井も、蒲團で〔が〕張り詰めてありました。これは〔この寢〕室を〔を〕運ぶとき〔提げて持〕ち步くとき、中にゐる私が怪我をするといけないからです。〔し、〕〔また、〕〔この寢室を〕馬車に乘せる時に、搖れるのを防ぐためです。に〔、〕さう〔こう〕してあるのです。家には
私は〔、〕鼠などの入つて來ないやうに〔、〕扉に鍵をつけて欲しいとお〔云〕ひました。鍛冶屋は〔、〕いろいろ工夫してみた上で、これまでに類のないほど〔、〕小さな鍵を作つてくれました。イギリスにだつて、紳士の家の門などには、もつと大きなのがあるはずです。私は〔私は〕この鍵は自分のポケットにしまつておくことにしました。あんまり小さいのでグラムダルクリッチに持たせては失くしてしまひさうでした〔するかもしれないと思つ〕たからです。
[やぶちゃん注:原稿を良く見ると、「あんまり小さいので」の右手に傍線を引いてあるのが判る。再現したが、単に推敲のためにうっかり引いただけかもしれぬ。]
王妃は私の〔、一番〕薄い絹地で〔、〕私の洋服を作らせて下さいました。が、これはイギリスの毛布ぐらいの厚さでした〔、〕馴れるまでには隨分着心地のわるい服でした。仕立はすつかりこの國の型でしたが、ペルシヤ服のやうなところもあれば、支那服にも似てゐて、非常に〔きちんとして〕重重しいものでした。

