諸國百物語卷之一 十五 敦賀の國亡靈の事
十五 敦賀の國亡靈の事
敦賀にて、あるたび人、宿にとまり、夜半のころ、せつちんへ行きて、まどより、ふと、そとを見ければ、おぼろ月夜に、うらの口に、白きかたびらをきたる女、すごすごとたゝずみゐたり。たび人、ふしんにおもひ、しばし、まほり見ゐたれども、内へもいらず。いよいよ、いぶかしくおもひて、せつちんより立ちいで、そばへよりてみれば、かきけすやうにうせにけり。いかさま、へんげの物とおもひけれども、人にもかたらず立ち歸りて、ねにけり。夜あけてみれば、ていしゆ、佛前に香華(かうはな)を手むけて、たび人にかたりけるは、
「けふはわが妻のめいにちにて候ふが、こよひのゆめにせど口(ぐち)へ妻きたりてたゝずみゐたりと、まざまざ見へ侍り」
と、かたりて、なみだをながしける。たび人、おそろしくおもひながら、ていしゆには、かたらずと云ひける。
[やぶちゃん注:本邦独特で、お馴染みの雪隠外(くどいが、当時の後架(厠・雪隠)は屋外に別個に建てられてあった)の怪異の連投であるが、こちらは「變化の物と思ひけれども、人にも語らず」「怖ろしく思ひながら、亭主には語らず」と徹底して言上げしなかったが故に変事が出来(しゅったい)せぬケースなのであって、この手の変化(へんげ)の物に出遇った際の、前の「十四 雪隱のばけ物」とは対照的な、典型的な適切対応の事例の提示となっているのである。
「白きかたびら」「白き帷子」。死に装束。仏式で死者を葬る際に死者に着せる薄い白麻などで作った単衣(ひとえ)。
「すごすご」「悄悄」。気落ちして元気がなく、しょんぼりしているさま。
「しばし、まほり見ゐたれども」「暫し、守(まぼ)り見居たれども」。「まぼる」(見守る・見つめる)は濁音が普通であるが、原本は平仮名書きで濁音も清音で書いてある可能性が高い(原本は私は未見)ので問題はない。
「いかさま」「如何樣」。ここは副詞で、確かな推量を意味する「いかにも・きっと」の意。]
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