諸國百物語卷之二 四 仙臺にて侍の死靈の事
四 仙臺にて侍(さぶらい)の死靈(しれう)の事
奧州仙臺にて、あるさぶらひ、主人の命をそむき、東岸寺(とうがんじ)と云ふ寺にて腹をきりけるが、此さぶらひを、さうれいせんとて、棺(くはん)の中へいれ、まわりに僧十人ばかり、つきゐけるが、夜ふけて、僧たち、いづれもねぶられけるに、下座に僧二人、いまだねいらずゐけるに、死人(しにん)、かの棺のうちより、はひ出で、灯(ともしび)のもとにゆきて、紙をひきさき、紙燭(しそく)をこしらへ、まづ、かわらけなるあぶらをねぶり、そのゝち、上座なる僧の鼻へ紙燭を入れてねぶり、それより、しだいに、右のごとく、ねぶり來たるほどに、すでに下座なる僧のとなりまで、かくのごとくして來たる。二人の僧、おどろき、臺所へにげ入り、をのをのに、かくとかたれば、みなみな、ふしぎをなして行きてみれば、僧たちはいづれもねいりたるまゝにて、死してゐけり。棺ももとのごとくにして有りけれども、死人(しにん)はなし。ふしぎともなかなかたぐひなき事也。
[やぶちゃん注:本話も「曾呂利物語」巻二の「六 しやうぎたふしの事」(將棋倒しの事)とほぼ同話。
「東岸寺」不詳。一九八九年岩波文庫刊の高田衛編・校注「江戸怪談集 中」の「曾呂利物語」の方の「將棋倒しの事」の同寺の脚注に、『同名の寺は下野国都賀郡、下総国海上郡などにあったが、いずれも該当せず』とある。
「さうれい」「葬禮」。
「灯(ともしび)のもとにゆきて、紙をひきさき、紙燭(しそく)をこしらへ」ここは実際の「紙燭」を拵えたのではない。灯火の所へ行き、恐らくはその片覆いに使われてある紙を引き裂いて、それで紙燭様(よう)のもの、紙を縒った「紙縒(こよ)り」を拵えたというのが正確な表現となるのであるが、それでは話の先を見越した表現になってしまう。読者が何故、ゾンビが「紙燭」を? と不審に思わせるところ、ここが「怪談のキモ」となっているのである。実はここが語りの上手いところなのである。
「かわらけ」「土器(かはらけ)」。歴史的仮名遣は誤り。元来は「瓦(かわら)笥(け)」で、釉(うわぐすり)をかけていない素焼きの陶器。ここは油皿(あぶらざら)を指す。
「ねぶり」「舐り」舐(な)める。しゃぶる。
「鼻へ紙燭を入れてねぶり」同前「江戸怪談集 中」の『ねぶり』の脚注に、『鼻の穴へ、こよりをさして、生者の「気」をなめ取ることをいう』とある。諸妖怪談ではしばしば認められる奇っ怪な所作である。
「死してゐけり」残念ながら、これは完全に死んでしまっているのであって、気絶ではない。]

