フォト

カテゴリー

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 吾輩ハ僕ノ頗ル氣ニ入ツタ教ヘ子ノ猫デアル
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の Pierre Bonnard に拠る全挿絵 岸田国士訳本文は以下 http://yab.o.oo7.jp/haku.html

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

無料ブログはココログ

« 柳田國男「一目小僧その他」 附やぶちゃん注 鹿の耳(2) 鹿の家 | トップページ | うたごえ酒場   梅崎春生 »

2016/09/09

諸國百物語卷之一 十八 殺生をして白髮になりたる事

     十八 殺生をして白髮になりたる事


Sessyouhakuhatu

 ゑちごの國高田と云ふ所に、樋口木工左衞門(ひぐちもくざへもん)とて、かくれもなき文武二道のさぶらひありけるが、つねに殺生(せつしやう)をこのみ、屋敷より一里ほどわきに辨才天のみやありけるが、此みやのまへに大きなる淵(ふち)あり。此ふちへ木工左衞門、よなよな、とうあみをもたせ、殺生しけるが、あるとき、一僕もつれず、自身(じしん)、殺生に、かのふちへゆかれけるに、むかふより、二八ばかりなる女、川をわたりきたる。木工左衞門、ふしぎに思ひ、

「いかなるものぞ」

と尋ねければ、かの女、云ふやう、

「われは此川むかいのものにて候ふが、用事候ひて、此あたりのだい所までまいり候ふが、物をわすれて參りたり。御無心(ごむしん)ながら取りに歸るあいだ、是れをあづけ申したき」

と云ふ。木工左衞門、ふしぎにはおもひけれども、

「やすき事」

とうけあへば、かの女、ふところより、まつ白なる丸き物をとり出だし、木工左衞門が手のうへに、のせたり。木工左衞門、ふしぎにおもひみれば、なにともしれず、たゞなまぐさきかさしけるが、ほどなくかの女も歸りて、くだんのあづけ物をうけとり、一禮をいひてかへりぬ。木工左衞門も文武二道の人なれども、何とやらん、その夜は、きみわるくて、あみをもゝたずかへりぬ。さて、屋敷のうちへ入らんとしければ、内儀、長刀(なぎなた)のさやをはづし、木工左衞門に切つてかゝる。木工左衞門をどろき、

「こはいかなる事ぞ。われは木工左衞門なるぞ。そつじし給ふな」

といへば、内儀をどろき、

「是れはいかなるありさまぞ」

とて、鏡をとりいだし、みせければ、髮びんひげも雪のごとくに白くなりける。木工ざへもん、いよいよふしぎにおもひ、よひよりの事ども物がたりして、

「扨(さて)は、こよひの女ばうは辨才天にてまします也。池の魚をとることをおしみ給ひてかくのごとくにし給ふとおぼへたり。今よりのちは殺生をとまるべし」

とて、それより佛道に入り給ふと也。今にその子孫、方々に奉公してゐられけるよし、かくれなき事なり。

 

[やぶちゃん注:挿絵の右キャプションは「せつしやうをして白髮になりし事」。左上部の堂の前廂に「弁才天」の文字があるが、額でないのは奇異な感じがする。

「ゑちごの國高田」高田藩城下町として栄えた新潟県西部の上越地方の旧中頚城(なかくびき)郡高田市。現在、上越市南部の高田地区。

「樋口木工左衞門」不詳。

「とうあみ」「投網」。「とあみ」。

「もたせ」「持たせ」。普段は下男を連れていたから「持たす」か。

「自身(じしん)」私は「おのづと」と訓じたいところ。

「二八」十六歳。

「此あたりのだい所」「此の邊りの(知れる家の)臺所」であるが、この「臺所」は、とある知れる婦人のところ、と解した方が自然。

「御無心(ごむしん)ながら」分別なき勝手我儘なるお願い(にて失礼ながら)。「無心」には「分別や考えがないこと」の意の他に、「人に無心する」と今も使うように、「人に何かを呉れ・何かをして呉れとねだること」の意があり、ここはそれも含む。

「まつ白なる丸き物」これが何であったのか、作用物としての機能は最後に明らかになるものの、最後までその実体は隠されている点で(腥(なまぐさ)いというところがこれまた恐怖のミソである)、実に正統的ホラーと言えるのである。

「なまぐさきかさ」「生臭き氣(かさ)」。通常は「かざ」と濁り、「におい・かおり」の意。「香」等の字も宛てる。

「あみをもゝたずかへりぬ」ここ、「網をも持たず歸りぬ」でも必ずしも絶対的におかしいとは言えない(殺生を止めて出家するという結末への伏線として、ここで自身、理由もなく、網を打ち捨てて帰ったとするのである)が、どうも私にはピンとこない(そのような見え見えの伏線は寧ろ、あざとい)。私は実はここは「あみをもたゝずかへりぬ」或いは「あみをもたてずかへりぬ」の誤刻ではないかと踏んでいる。投網(とあみ)を立てる(打つ)ことなく、漁を全くせずに帰宅した、が元の文章だったのではなかろうか? 踊り字「ゝ」の原稿或いは彫り位置の誤り、又は原稿の「て」を「ゝ」と誤読した可能性である。

「そつじ」「卒爾」「率爾」。名詞。軽率なこと。粗忽なこと。失礼なこと。

「髮びんひげ」「髪・鬢・髯」。

「おしみ」「惜しみ」であるが、歴史的仮名遣は「をしみ」が正しい。残念に思い。]

« 柳田國男「一目小僧その他」 附やぶちゃん注 鹿の耳(2) 鹿の家 | トップページ | うたごえ酒場   梅崎春生 »