甲子夜話卷之二 13 新金焚て色變じたる事
2―13 新金焚て色變じたる事
是も亦何れの時にか、十二月廿一日の曉前、村松町の裏坊失火し、賈屋士宅二町餘も焚亡す。此とき商家にて、貯し所の寶貨を多く燒しものあり。然るに、近き頃改鑄ありし新金は皆銀に變じ、銀は銅に變ぜしと。新貨の位、その工人は素より辨じたらんが、常人は此時に於て、始て其位の原貨より劣れるを知りぬとなり。
■やぶちゃんの呟き
本条は明らかに前条「2―12 似銀つかひ御仕置のとき、途中にて老職を罵る事」の改悪鋳造の事実に添える形で、皮肉に語っている(静山は本話が都市伝説の類いと知っていて、である)ことが明白である。この火災は小規模なので資料としては見当たらない。
「焚て」「やけて」と訓じておく。
「村松町」現在の央区東日本橋浜町地区内。旧町域は中央区公式サイト内のこちらで判る。
「裏坊」基礎底本では「うらまち」とルビする。
「賈屋士」「うり、や、し」と読むか。「賈」(音は「カ・コ」であるが、どうもそれで読んでいるようには読めない)は商人(あきんど)のこと、「屋」は庶民の民屋(みんおく)、「士」は武家屋敷であろう。
「二町餘」凡そ九千九百十八平方メートル相当。
「焚亡」す「フンボウ」では硬過ぎるから、題名同様、「やけうす」と訓じておく。焼亡。
「貯し」「たくはへし」。
「燒し」「やきし」。
「新金」前条で注した文政小判(新金・新文字金)のこと。
「位」「あたい」と読みたい。実質価値としての実際の金銀の含有率。
「工人」実際に鋳造に従事した改鋳実務の鍛冶職人。
「辨じたらん」この「辨(弁)」は「弁(わきま)える」の意。粗悪な新金の実際の価値を理解していたであろう、の意。
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