ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 大人國(6) 猿にからかはれて(Ⅰ)
〔五章〕 猿にからかはれて
[やぶちゃん注:現行版では「五章」ではなく、「4」。原文は「Ⅴ」。原稿の方が正しい。]
私は身躰が小さいために、時時、滑稽厄介な出來事に出あいました。
グラムダルクリッチは〔、〕よく私を箱に入れて、庭につれだし、そして時には〔、〕箱から出して、手の上に載せてみたり、地面を步かしてみたりし〔てゐ〕ました。ある時、それはまだあの侏儒が宮廷にゐた頃ですが〔のことですが、〕彼が庭までついて〔やつて→やつて〕來たのです。〔ました→たのです。〕乳母が私を地面に下すと、丁度、彼と私のすぐ傍に〔、〕盆栽の林檎の木がありました。この盆栽と侏儒を見くらべてゐると〔、〕何だかをかしくなつたので、私はちよつと〔、〕彼を冷やかしてやりました。
[やぶちゃん注:現行版はここの改行はなく、以下に続いている。しかし、問題はそんなことより、次の段落の最後、「しかし幸いに怪我はなかつたのです。」までの全部に左から右へ大きな斜線が引かれており、本段落を原民喜は一度、全カットするか、或いは訳し直すつもりであったことが判る。
現行版を以下に示す。繋がっているので次の段落分も含む(下線やぶちゃん)。
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グラムダルクリッチは、よく私を箱に入れて、庭につれ出し、そしてときには、箱から出して手の上に乗せてみたり、地面を歩かせてみたりしていました。あるとき、それはまだあの侏儒が宮廷にいた頃のことですが、彼が庭までついてやって来たのです。ちょうど、彼と私のすぐ傍に、盆栽の林檎の木がありました。この盆栽と侏儒を見くらべていると、なんだかおかしくなったので、私はちょっと、彼を冷やかしてやりました。すると、このいたずら小僧は、私が林檎の木蔭を歩いている隙をねらって、頭の上の木を揺さぶりだしました。たちまち、十あまりの林檎が頭の上に落ちかゝりましたが、これがまた酒樽ほどもある大きさなのです。かゞもうとするところへ、その一つが背中にあたり、私は前へのめってしまいました。しかし幸いに怪我はなかったのです。
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「箱から出して、手の上に載せてみたり」の読点は消えている。]
すると、この悪戲小僧は、私が林檎の樹蔭を步いてゐる隙をねらつて、頭の上の樹を搖さぶりだしました。たちまち〔、〕十餘りの林檎が〔、〕頭の上へ落ちかかりましたが、これがまた酒樽ほどもある大きさなのです〔だから大〕変でした。私の屈んでゐるところへ〔もうとするところへ〕その一つがやつて背中を〔に〕あたり、私は前へのめつてしまひました。しかし幸に怪我はなかつたのです。
ある日、グラムダルクリッチは〔、〕私を芝生の上に降ろして、ひとり遊ばしておき、自分は家庭教師と一緒に〔、〕少し離れたところを步いてゐました。すると〔、〕俄かに猛烈な霰〔雹〕が降つてきて、私はたちまち地面にたたきつけられました。まるで〔、〕テニスの球でも投げつけるやうに、雹〔霰〕は全身を打込んでくるのです。しかしやつと四這ひになつて、レモンの木蔭に這ひこみ、〔私は〕顏を伏せてゐました。だが、頭のてつぺんから〔、〕足の先まで〔、〕傷だらけになつて、十日ばかりは外出もできなかつたのです。しかし、これは少しも驚くこと〔で〕はないのです。この國では、何もかも同じ割合に大きいのですから、霰粒一つでもヨーロッパの霰の千八百倍はあります。これは、私がわざわざ目方を計つて〔実→は→秤にかけて計つて〕みたのだから、たしかです〔間違ひありません〕。
[やぶちゃん注:「霰〔雹〕」の抹消字は実は「包」である。しかしこれは「包」ではおかしいこと、原民喜が明らかに「雨」(あめかんむり)の下の「散」を「包」としたものの、それをやめて抹消したのだと読めることから、かくした。
「まるで〔、〕テニスの球でも投げつけるやうに、雹〔霰〕は全身を打込んでくるのです。」という箇所は、これでも実は校正記号を好意的に解釈して整形したものであって、元の文字列は、
雹〔霰〕は全身をまるで〔、〕テニスの球でも投げつけるやうに打込んでくるのです。
となっており、「霰は」と「全身を」が吹き出し形の記号で、「霰は」は「打込んでくるのです」の前に、「全身を」が「投げつけるやうに」の「やう」と「に」の間に指示され、しかも「やう」と「に」の間には読点まで追加されて打たれているのである。しかも、かく整形しても「全身を」の格助詞はおかしいままである。因みに、現行版は以下ののように整序されてある。なお、現行版ではご覧の通り、最後の三文が改行されて、独立段落となっている。
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ある日、グラムダルクリッチは、私を芝生の上におろして、ひとり遊ばしておき、自分は家庭教師と一しょに、少し離れたところを歩いていました。すると、にわかに猛烈な霰あられが降ってきて、私はたちまち地面にたゝきつけられました。霰はまるでテニスの球でも投げつけるように、全身に打ち込んでくるのです。しかしやっと四這いになって、レモンの木蔭に這い込み、私は顔を伏せていました。だが、頭のてっぺんから、足の先まで、傷だらけになって、十日ばかりは外出もできなかったのです。
しかし、これは少しも驚くことではないのです。この国では、何もかも同じ割合に大きいのですから、霰粒一つでもヨーロッパの霰の千八百倍はあります。これは、私がわざわざ秤にかけて計ってみたのですから、たしかです。
*]
しかし〔、また〕もつと危險な事が〔、〕この庭園で起つた〔りました〕ことがあります。〔たのです〕〔ことがあります〕。私はひとりで考へごとをしたいので、時時、ひとりにしてくれと賴むのですが、乳母さんは私に〔を〕安全な所へ置いたつもりで、〔ほかの人たちと一緒に〕庭園のどこか別のところへ行つてゐました。丁度その留守中、〔のことでした。〕園丁が飼つてゐるスパニエル犬が、どうしたはずみか〔、〕庭園に入りこんで來て、私の臥てゐる方へやつて來たのです。私の匂を嗅ぎつけると、忽ち〔いき〕なりや〔忽ちとん〕で來て、私をくはえると、尻尾を振りながら〔、〕ドンドン主人の所へかけつけてゆ〔行〕つて、そつと、私を地面に置きました。運よく〔、〕その犬は、よく仕込まれてゐたので、齒の間にくわえられながらも、私は怪我一つせず、着物も破れなかつたのです。
[やぶちゃん注:原民喜の「込」の字は草書崩しで平仮名「と」の二画目の頭の短い横画を附したようにしか見えない文字である。単独で出されると、草書に馴れた人でない限り、「込」の字と判読するのはなかなか難しい字体である。]
〔だが〕園丁は私をよく見知つてゐて新設にしてくれてゐましたが、〔■すつかりびつくりしてしまひ、私をそつと兩手に抱きあ〕げて、怪我はなかつたかと訊ねます。彼は私をよく知つてゐて、〔前から私には〕いろいろ親切にしてくれてゐた男です。〔けれども〔、〕〕私は驚きで息切れがしてしまつてゐるので、まだ〔なかなか〕口がきけません。〔それから〕二三分して〔、〕〔やつと〕気持〔私〕が落ち着いた〔くと〕、彼は乳母を〔の〕ところへ〔、〕私を無事に屆けてくれました。
乳母は〔、〕さきほど私を殘して置いた場所に戾つてみると、私がゐなので〔いし、〕いくら呼んでみても〔、〕返事がないので、氣違のやうになつて〔あちこ〕探しまはつてゐたところでした。それで今、園丁を見つけると、
「そんな犬飼つておくのがいけないのですよ」と、ひどく彼を叱りつけました。
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