谷の響 二の卷 十四 蟇の妖魅
十四 蟇の妖魅
成田某と言へる人、炭藏の奉行たりし時、三ツ目内の者炭上納に來りしが、時(をり)から閑暇(ひま)にてありければ何か希らしき話なかりしやと問(たづ)ぬるに、かの者の曰、さればいといと奇怪のものに遇へるなり。そは今年の八月、同侶(どうやく)三人にて炭を焚て居たりしが、一日(あるひ)の下晡(くれ)ころに年甲(としのころ)二十二三とも見ゆる美しき尼來りて、吾は弘前某といふ尼にて大鰐に湯治せるが、今日しも花を採らん爲に山に入り路を失ひてはからず暮に迨(およ)べるなり。女の身のかゝる山中を一個(ひとり)往くこと惶(おそろ)しければ、今宵一夜を明させ玉へと言ふに、三個(にん)のものみな二十三四の若者なれば、互に顏見合せつゝ子細なく了諾(しやうち)して、夕飯などしたゝめさせ道路(みち)の勞(つか)れを慰めつるが、やがて寢(い)ぬる時にもなれば豫て期したることゆゑ、各々替々(かはりかはり)迫りしにいと心よく諾(うべな)ひて交接(まじはり)をなしたりけり。斯て夜も明け旭(ひ)も昇りぬれば尼起出て告辭(いとまごひ)しつるに、握飯(むすび)を持たせ半途に送り、往くべき先の路を委細(つばら)に喩示(ゆし)してやりたるが、奈何(いかゞ)しけんその黃昏(たそがれ)に又來りていと本意(ほい)なげに言ひけるは、又しても道を踏外し里へ出べき便宜(たより)あらで、詮術(せんすべ)なくもと來りし道を來つるなり。千乞(なにとぞ)今宵も宿を賜はれとあるに、皆々好き事にして假屋(こや)に留め、その夜も淫事(いたづら)したりけり。
さるに、其の翌る日もかくの如く已(すで)に四度に及びぬるに、一人某といふ者、訝(いぶか)しき事のあれば必ず狐狸の屬(たぐひ)なるべしとて二人の者にも語りたるに、奈何にも怪しき處ありとて鉞(まさかり)鉈など硏磨(とぎ)たてゝ彼が來るを待たりしに、果してその薄暮(くれ)にも來りければ、種々(いろいろ)淫蕩話(いたづらばなし)をいひかかるに、かれも媟熟(なれなれ)しく咲(わら)ひ噪(さはぎ)て居たりしが、かねて謀りし事なれば二個(ふたり)は外(はづ)して外へ出たるあとに、淫犯(たはけ)る化粧(けはい)にもてなして、鉈もて肩先より胸のあたりへかけて二擊三擊斬つけしに、欵(ぎやつ)と叫んでそのまゝ奔走(はしり)出けるゆゑ、急に二人を呼よせて血の跡を所緣(しるべ)に追ひ往くに、亂柴蕃殖(むづしばら)にかゝりて見分がたく、日も且(また)沒(くれ)て爲方(せんすべ)なければ其夜はともに休息(やすみ)けるが、明る旦(あさ)とく起出で三人ともに刄もの引提げ血を索(もと)めて探り往くに、二里許にして幽(ふか)き溪(たに)に下りたるに樹木繁(いや)茂(しげり)ていと陰欝(くら)く、葛藟(つた)蔓延(はへわた)りて踏處もなきに杳(はるか)にものの嘹呍(うなる)音聞えしかば、これぞ決(きはめ)てかの妖魅(もの)ならんと、三人もろとも聲を望(めあて)に窺ひ看(み)れば、絕岸(きりきし)の傍に徑(わたり)二尺ばかりの洞穴ありて、其中に鮮血(なまち)を曳いてありけるに、然(さ)てこそとてすかし看れば、四五尺の先に物ありて兩眼鏡の如くなるに、さすが洞穴へ入るべきものもなく鎌に繩を付て投かけて引寄るに、洞穴崩るゝばかりに吼え嘹(うな)りて搖ぎ出でたるものを視るに、三尺ばかりの大蝦蟇にていと怖ろしきものなるが、重傷(ふかで)のために弱れるにや、猛るもやらで有けるを、みなみな立倚り截り殺し留めを刺して棄(すて)けるなり。山に起臥(すまゐ)すれば大きなる蟇を時々見ることあれど、かゝる巨物(もの)は未だ聞かざることなりと語りしを、この成田が親屬中村某の聞つけて語りしなり。
[やぶちゃん注:大蝦蟇の怪異はスタンダードであるが、人間の女、しかも若い美麗な尼に化けて、若者と毎夜乱交を繰り返すという話柄は、少なくとも私は初めて読んだ。但し、蟇蛙(がまがえる)(正式和名は両生綱無尾目ナミガエル亜目ヒキガエル科ヒキガエル属ニホンヒキガエル Bufo japonicus。但し、ここは青森であるので、その固有亜種であるアズマヒキガエルBufo japonicus formosus とするのが正しい)が長い舌で以って虫などを捕える捕食様態が、餌食となるものが距離が離れていて保護色である蟇の存在に気づかないさまを、あたかも蟇の妖術で金縛りにあったかのように見、その驚くほど長い舌で口の中に吸い込まれるのが何か、餌食の対象の精気が引き抜かれるが如くに見えることから、こうした蟇の変化(へんげ)が人の精気を吸うとも考えられたであろうことは想像に難くなく、さすれば、とっかえひっかえ若者を受け入れ、その実、その正に「精気」を吸い取っていたというのは、すこぶる腑に落ちる。それにしても「若い尼」という設定、この話を創作した人物は、タダ者ではない。或いはまた、この怪しい尼は実はニンフォマニアの女性(実際の尼であっても尼でなくてもよいが、尼の方が猟奇性は遙かに増す)で、その異常性欲に恐れをなした若者三人が斬殺し、それを蟇の化け物ということにした「尼僧殺人事件」の偽装だとするなら、これまた、違った猟奇趣味をそそりはする(但し、奉行に語れてしまうのは、残念ながら、そうした事件性はないとも言える。或いはその殺人に相手は「尼」ではなく、「瞽女」のような流浪の門付の女芸人ででもあったのかも知れぬ。そんあなことを考えていると、何だか、もの哀しくなるのを私は常としている)。
「三ツ目内」底本の森山泰太郎氏の補註によれば、『南津軽郡大野町大鰐町』(おおわにまち)『三ツ目内(みつめない)。大鰐の南、川に沿った山村』とある。ここ(ヤフー地図データ)。
「炭上納」「すみ、じやうなふ」。
「希らしき」「めづらしき」。
「曰」「いはく」。
「下晡(くれころ)」二字へのルビ。前に「晡下」で既出既注乍ら、再掲しておく。音は「カホ」で「晡」は申の刻で、その刻「下」(さが)りの謂い。午後四時過ぎ。
「吾は弘前某といふ尼にて」「私は弘前在の○○と申す尼で御座いまして」。
「大鰐」先の「三ツ目内」の直近。ここ(グーグル・マップ・データで左端に三ツ目内。炭焼き小屋は同地区の山間部としても三~四キロメートル圏内である)。ウィキの「大鰐温泉」によれば、『円智上人により建久年間』(一一九〇年から一一九八年)『に発見されたと伝わる。江戸時代には津軽藩の湯治場として津軽氏の歴代藩主も訪れ、御仮屋と呼ばれる館が設置された。また江戸時代には津軽地方の人々の療養の場として広く利用された』。『江戸時代に発行された「諸国温泉功能鑑」(多数作られた温泉番付のうちの一つ)にも、大関、関脇などの番付とは別の行司として熱海温泉とともに掲載されている。また西の前頭として記載されている津軽倉立の湯は大鰐温泉北側の蔵舘町エリアの旧名である』とある。
「互に顏見合せつゝ子細なく了諾(しやうち)して」「子細なく」は「文句なしに・気軽に」で、この若者三人のシーンの目つきや表情に猥雑さが見てとれるように、この語がさりげなく差し挟められてあるのである。平尾、やっぱり、タダ者ではない。
「したゝめさせ」食べさせ。
「豫て期したることゆゑ」「かねてきしたること故」。三人の暗黙の了解と、ここですっぱり示するところにも私は上手いと思う。
「各々替々(かはりかはり)迫りしにいと心よく諾(うべな)ひて交接(まじはり)をなしたりけり」この馬鹿、基(もとい)、若者ども、ここで彼女がまともな者ではないと気づかねばならぬ。――満で二十一、二にしか見えない、初対面の、それも美しい尼が、極めてすんなりと快く笑顔で承知してコイツスに及ばせてくれる、しかも三人すべてに、この山中のむさくるしい炭焼き小屋で――というところで、変化(へんげ)の者と思うのがこれ、風俗社会では、当た前田のクラッカー、だろが!
「斯て」「かくて」。
「起出て」「おきいでて」。
「半途」「はんと」或いは「はんみち」。一里の半分。凡そ二キロ弱。握り飯や帰り道を途中まで送ってやるところなんぞは、この若者らは、ここでは今一つ、憎めない気もしないではない。或いは、私もこのお馬鹿な若者の一人であっておかしくはないとも思うのである。
「委細(つばら)に喩示(ゆし)して」分かり易くこと細かに諭すように教え示して。だからね、それなのにその日暮れにまた道に迷って帰れずに、この、また、八重葎の山の中の炭焼き小屋に戻ってくると言うところで(「詮術(せんすべ)なく」と言っているが、「もと來りし道を來つる」能力と記憶力があれば麓へ辿りつけるだろガ!)、ヘンだと思わなきゃ、あかんて!
「本意(ほい)なげに言ひけるは」ちゃんと言われた通りに歩いたつもり、ここにまた戻って来ようなどとはさらさら思ってもいなかったのに、という如何にもな雰囲気は、逆に艶なるポーズではないカイ?!
「踏外し」「ふみはづし」。迷い。
「便宜(たより)あらで」手立てを失い。
「千乞(なにとぞ)」二字へのルビ。美味い、基、上手い和姦、基、和訓だ。
「好き事にして」そっちの方面は無論、好きなもんだからして。
「淫事(いたづら)」イ「イン」でない、このルビ!
「さるに、其の翌る日もかくの如く已(すで)に四度に及びぬるに」ここは「さるに、其の翌」(あく)「る日もかくの如く、(而してその翌る日までもと)已(すで)に四度に及びぬるに」の謂い。でないと回数が合わぬ。
「一人某といふ者」三人の若者の中の「某(なにがし)」という者が。ということは、話者の炭焼きの若者ではなく、他の二人のうちの孰れかという設定である。ここは逆にリアルである。作話性が強ければ、話者自身がそれを言い出すことにした方が自慢話になるからである。
「鉈」「なた」。
「硏磨(とぎ)」二字へのルビ。
「彼」「かれ」。かの女(の変化(へんげ))。
「來るを」「きたるを」。
「待たりしに」「まちたりしに」。
「薄暮(くれ)」二字へのルビ。
「かれ」女。
「媟熟(なれなれ)しく」二字へのルビ。「媟」(音「セツ・セチ」)は「穢(けが)す・汚れる」の他、「馴れる」の意があり、「熟」は「ある物事に対して十分に馴れ親しむ」の意がある。この語以下「咲(わら)ひ噪(さはぎ)て居たりし」は、この女の真正の淫猥さを示す美事な描写と言える。
「淫犯(たはけ)る化粧(けはい)にもてなして」孰れも二字へのルビ。男は、如何にも前の四日と全く変わらず、卑猥なに戯れる振りをして女が気を緩めるようにさせて。
「斬つけしに」「きりつけしに」。
「欵(ぎやつ)と」これは恐らく「欸」の原文の誤記か、翻刻の誤りである。これでは「約款」の「款」の異体字で、意味が通らない(「親しみ」の意味があるが、それでもおかしい)。「欸」ならば、「ああつ!」で「怒る」「恨む」、或いはその声のオノマトペイアとなるからである。
「呼よせて」「よぼびよせて」。
「亂柴蕃殖(むづしばら)」四字へのルビ。底本の森山氏の補註(ルビの「むづしばら」の註)によれば、『津軽方言で雑柴や荊棘』(いばら)『が混茂している原野をいう。本文の文字は表意の当て字である』とある。しかしこの当て字、美事に痒くなる。
「見分がたく」「みわけ難く」。
「刄もの引提げ」「はものひつさげ(刃物、引っ提げ)」。
「二里許」「にりばかり」。八キロ弱。
「繁(いや)」程度の甚だしいことを示す副詞。「繁茂」をかく分けて訓じたのは、すこぶる面白い。
「陰欝(くら)く」二字へのルビ。
「葛藟(つた)」二字へのルビ。「藟」(音「ルイ・ラ・リュウ」で「蔦蔓(つたかずら)・藤葛(ふじかずら」の意。
「蔓延(はへわた)りて」二字へのルビ。
「踏處」「ふみどころ」暗に人跡未踏の地であることを示している。
「嘹呍(うなる)」二字へのルビ。「嘹」(音「リョウ」)は「よく響く」の意、「呍」(音「ウン」)は「唸(うな)る」の意。
「妖魅(もの)」二字へのルビ。
「二尺」約六十センチ。
「四五尺」一メートル二十二センチ~一メートル五十一センチ。
「兩眼鏡の如くなるに」所謂、現在のような両眼用の眼鏡。その玉のように蟇の両眼が皓々と光っていたのである。
「鎌に繩を付て投かけて引寄るに」「鎌に繩をつけて投げ掛けて引き寄するに」。鎖鎌の要領である。
「搖ぎ出でたる」「ゆらぎいでたる」。
「三尺」約十一センチメートル。異様に巨大である。
「猛るもやらで有けるを」「たけるもやらでありけるを」。はむかってくる様子もなく、凝っとしていたのを。しかし、私は、ここで可哀想な気になってくるのである。畜生とはいえ、四度ばかりとはいえ、情交を結んだ。さればこそ、この蟇、この若者らに虐殺されることを甘んじて受けているともとれはせぬか?
「立倚り截り殺し留めを刺して棄(すて)けるなり」「たちより(よってたかって)、きりころし(ずだづたに斬り殺し)、止(とど)めを刺して棄てけるなり」。ここは、この忌まわしい蟇とセックスしたことをおぞましく嫌悪し、憎悪する若者らの記憶への激しい嫌悪の体現であるが、所謂、人間の激した感情が行う虐殺とは総てこのシークエンスと等価だと知らねばならぬ。何時の時代も、血塗られるのは虐殺された者たちだけではない。寧ろ、その血によって永遠に虐殺者としての自己の汚点を記憶することととなる執行者たち自身とその末裔らである。
「起臥(すまゐ)すれば」二字へのルビ。但し、これは歴史的仮名遣では「すまひ」が正しい。
「巨物(もの)」二字へのルビ。
「この成田が親屬中村某の聞つけて語りしなり」ここで、話柄中の炭焼きの若者の一人(実体験者)→炭蔵奉行成田某→成田の親族である中村某→平尾魯僊という伝聞経路が明らかとなる。]

