和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 腹蜟(にしどち)
【俗云尒之止知】
腹蜟
ホツヨツ
本綱王充論衡云蠐螬化腹蜟腹蜟拆背出而爲蟬則是
腹蜟者育于腹也
△按腹蜟在土中大一二寸其形色似櫟實而長又帶蠐
螬蝎之形而褐色皮堅厚如漆噐然有曲尾亦堅而似
銅鈕一身不能動惟爲頸之處蠢動乃覺生類也小兒
捕之問西何地東何地則旋頸彷彿答東西者此蟲出
土中升高處拆背殻而爲蟬出去也
*
にしどち
【俗に「尒之止知〔(にしどち)〕」と云ふ。】
腹蜟
ホツヨツ
「本綱」、王充が「論衡〔(ろんこう)〕」に云ふ、『蠐螬(きりうぢ)、腹蜟(にしどち)に化し、腹蜟、背を拆(くじ)き出て、蟬と爲る。則ち、是れ、腹蜟とは、腹に育(そだ)つなり。』〔と。〕
△按ずるに、腹蜟は土中に在り。大いさ、一、二寸。其の形・色、櫟〔(くぬぎ)〕の實〔(み)〕に似て長し。又、蠐螬(きりうじ)・蝎(きくいむし)の形を帶びて、褐(きぐろ)色。皮、堅く厚く、漆噐のごとく然〔(しか)〕り。曲れる尾、有り。亦た、堅くして、銅の鈕(つまみ)に似て、一身、動くこと能はず。惟だ頸(くびすぢ)と爲(おも)ふの處、蠢動(うごめ)く。乃〔(すなは)〕ち、生類たるを覺ふなり。小兒、之れを捕へて、「西(にし)、何地(どち)、東〔(ひんが)し〕何地。」と問へば、則ち、頸を旋(めぐ)らして東西を答ふる者に彷彿(さすに)たり。此の蟲、土中を出て、高き處に升(のぼ)り、背殻〔(はいかく)〕を拆きて、蟬と爲り出で去るなり。
[やぶちゃん注:中文サイトを見ても、これは、
半翅(カメムシ)目頸吻亜目セミ上科 Cicadoidea のセミ類の比較的終齢期の方に近い幼虫
かと思われる。挿絵は蛹のように見えるが、不完全変態のセミ類は蛹化しない。
「王充」(二七年~一〇〇年頃)後漢の思想家。会稽郡(現在の浙江省紹興市附近)生まれ。一生不遇の属吏生活を送った。旧伝などの非合理を批判し、合理的なものを追求、儒教に対しても厳しい批判を行なったことから、北宋代以降は異端視されて省みられることがなかったが、一九七〇年代の中華人民共和国での儒教批判運動の中では孔子批判の先駆者として評価されたりもした(以上は主にウィキの「王充」に拠る)。
「論衡」実証主義の立場に立った王充の全三十巻八十五篇(但し、内一篇は篇名のみで散佚)から成る思想書。自然主義論・天論・人間論・歴史観など、多岐に亙る事柄を説き、一方で非合理的な伝統的思想(先哲論・陰陽五行説・俗信など)を迷信と断じて徹底的に批判・否定して、天地は物質の「気」で構成されており、万物の生成生滅は「気」の離合集散によるとする唯物的思想と、過度の人為的干渉を排した道家的な「無為自然」に立って、万物は必然的な命運によって支配されており、それに則るべきとする「命定(めいてい)論」を主張した(以上は複数の辞書記載をオリジナルに綜合した)。
「蠐螬(きりうぢ)」(底本画像では「キリウチ」)「きりうぢ」は「伐蛆・切蛆・錐蛆」の謂い。先行する「蠐螬 乳蟲」を参照のこと。そこで私はこれを、
鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科コガネムシ科スジコガネ亜科スジコガネ族スジコガネ亜族コガネムシ属 Mimela に属するコガネムシ類の幼虫
に同定したが、実はこの挿絵のそれは、正直、セミ類の幼虫よりも、コガネムシ類の幼虫に似ているように思われて仕方がない。「蠐螬(きりうぢ)」が「腹蜟(にしどち)に化し」ちゃあ、いけませんよ、良安先生!
「拆(くじ)き」「拆」は訓では「さく・ひらく」が一般的でここもそう訓じた方が判りがよい。
「腹に育(そだ)つ」腹の中で蟬へと育つ。謂いは現象的には腑に落ちる。
「一、二寸」約三~六センチメートル。
「櫟〔(くぬぎ)〕」ブナ目ブナ科コナラ属クヌギ Quercus acutissima。実は他のブナ科Fagaceaeの樹種の実とともに「どんぐり」と総称されるが、「どんぐり」の中では直径が約二センチメートルと大きいこと、ほぼ球形であること、実の半分が椀型をした「椀(わん)」、殻斗(かくと:包葉が集って癒合して形成する椀状或いは毬状の器官。栗(ブナ科クリ属クリ Castanea crenata)の「いが」もそれで、ブナ科の植物に見られるものである)に包まれている点で容易に判別出来る。
「蠐螬(きりうじ)」「じ」(底本画像では「ジ」)はママ。
「蝎(きくいむし)」先行する「蝎」を参照のこと。そこで私はこれを、
鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目ハムシ上科カミキリムシ(髪切虫・天牛)科 Cerambycidae の幼虫
に同定した。終齢期幼虫はこの絵の形に若干、似ては、いる。
「褐(きぐろ)色」読みの「きぐろ」は「黄黒」のこと。
「漆噐のごとく然〔(しか)〕り」言い得て妙なる比喩である。確かにそう見える。
「鈕(つまみ)」ボタン。取っ手。
「生類たるを覺ふなり」鉱物やその他ではなく、生物であることが判るのである。
「何地(どち)」「どっち?」。
「頸を旋(めぐ)らして東西を答ふる者に彷彿(さすに)たり」「さすに」の訓はママ。良安は「彷彿」を「はうふつ」で音読みした訓読で最初に訓点を打ったものの、読み下す際に思わず分かり易い意訓をここに附したがために、最終的に書き下すとかくも変なものになってしまったのである。
「升(のぼ)り」「升」には「ます」以外に「のぼる・上方へ移る」の意がある。納得出来ない方は「上昇」の「昇る」を考えて見られればよい。]