佐渡怪談藻鹽草 河原田町止宿の旅人怪異に逢事
河原田(かわはらだ)町止宿(しじゆく)の旅人怪異に逢(あふ)事
小木町に住(すみ)ける、海老原何某(なにがし)といへる町人は、相川御家人の中にも、所緣の方ありて、折節の贈答も有(あり)ける。享保のはじめ、内用ありて相川に出(いで)、用事仕舞ければ、晝八ツ頃に相川を立出(たちいで)、一僕を連れて河原田町まで歸りける。折節空荒(あらく)、日も暮れかゝりければ、夜に入(いり)、荒增(あらさます)らんも覺束なく不圖(ふと)思ひ出て、
「此(この)所に、先年見かわせし人もあれば、此程の疎遠を詫(わび)て、一夜明(あか)さん」
とおもひ、何某が門に至りければ、亭主早くも見付(つけ)て、
「是は客人御尋(おたづね)、いざいざ御入候得」
とて、無音の情も語りければ、此(この)方よりも疎遠を詫て、
「一夜明させ給へ」
とゆへば、
「いかでか賴(たより)にや及べき。某(それがし)も近頃は、不仕合のみ打續(うちつゞき)、萬端不都合のみ候わんが、何卒宿り給へ」
といひけるに、心とけて洗足して上り、土間になして手狹く住(すみ)なせり。
「御連合(つれあひ)」
と尋ければ、
「一兩年病に臥(ふし)て、過(すぎ)し頃世を去り、今は壱人住(すみ)にて候」
といふ。
「然らば、萬(よろづ)御世話のみにてあらん、必(かならず)、心遣ひし給ふな」
といへば、
「心得候」
とて、背戸畑の芋などを掘て、夕飯とりしたゝめ、振舞、
「急ぎ給ふ事なきならば、二三日ゆるゆると語り給へ」
などいひければ、
「内用の事にて出ぬれば、明日はとく歸り、又春禮の頃、立寄(たちより)候わん」
と約し、世の中の事ども咄し合(あひ)て、亥の刻斗(ばかり)に、
「いざ休み給へ」
とて、土間の向ひなる一間の座敷に案内して、夜の物など運び、六枚折の屛風、かたかた枕元に立て、脇に燈も置(おき)、
「用あらば呼び給へ。勝手の用心もあしければ、某は勝手に寢候なり」
とて、供のものも勝手に寢させける。旅人は突き倒すごとく、眠く有けるが、床(とこ)付くより目冴(さへ)て、寢られず。何やらん、心地あしく、すごき樣にて、さまざまの事どもおもひつゞけ、猶も寢られざるに、夜も早、子の刻過(すぎ)候わんとおもふ頃、枕の燈もねむり出(いで)、消(けし)つ燈(ともし)つ、
「いとゞ心細きにぞ、かゝげん」
とて、延(のび)あがるあふり風にて、燈はきへぬ。
「いとゝよる方なき心地して、早く夜の明(あけ)よ」
とおもふに、勝手ははるかに鼾聞え、物淋しき。最早、丑の刻斗りぞとおもふ頃、内井戸の中に何やらん、ざつぶと庭へ踏上る音して、勝手の方へ呼び行(ゆく)やふなれば、
「怪しや」
とおもふ内、又旅人の臥たる座敷の方へ、歩行(ありゆき)きければ、肝魂も身に添(そへ)ず居けるに、三尺の唐紙をさらりと明(あけ)て、ずつしりずつしりと歩み來る程に、汲(くみ)流す汗は、夜具をひたして、生(いき)たる心地もなきに、彼(かの)旅人の臥(ふし)たる枕なる屛風の外迄きたりて、何音もなし。旅人はいとゞ心地まよひて、いきをつめ居ければ、暫しありて、元(もと)來りたる方へ、歩み行(ゆく)にぞ、あらゆる佛神に誓ひをかけて、祈り居けるに、暫くありて、井戸の中、始(はじめ)のごとき音して、入(いり)ぬと覺へ、はじめて生(いき)たる心地しぬ。やゝありて、亭主咳(せき)わらひして來たり。
「是は燈も消たり。御目は覺(さめ)てか」
といへば、
「いざいざ是へ」
と亭主を招き、兎角明朝は早立を賴みて、夫(それ)より直(ただち)に起居(おきゐ)、明七ツ頃立出(たちいで)たり。小木へ着(つく)や否(いな)、手寄の人に尋(たづね)ければ、彼(かの)家は、此程の取沙汰を聞(きく)に、井へ身を投し、女房の亡魂、怪をなして、雇わるゝ人さへなきよしを聞(きゝ)、今更びつくりして後悔しぬ。
[やぶちゃん注:「河原田(かわはらだ)町」現在の佐渡市河原田本町附近か。
「享保のはじめ」「享保」は一七一六年から一七三五年であるから、一七二二年ぐらいまでか。
「内用」ごく私的な内々の用事。
「晝八ツ」午後二時頃。
「見かわせし人」相知る人。
「無音の情」「無音」は「ぶいん」と読み、長い間、音沙汰(おとさた)のないこと。永く無沙汰であったことへの忸怩たる思い。
「いかでか賴(たより)にや及べき」やや訳し難い。この「賴(たより)」は海老原が自分の無沙汰を詫びた結果、立ち位置としてはこの河原田町の何某の方が、恰も「賴」り甲斐のある人間のように持ち上げられてしまったことを受けての反語表現で、「いや! 私の方こそ、あなた以上にあなたに御無沙汰を致し、まっこと、相済まぬことにて御座いました。」という謙遜のニュアンスであろう。
「不仕合のみ打續(うちつゞき)」やることなすこと、これ、孰れも上手くゆかぬことが続きに続き。
「萬端不都合のみ候わんが」何もかも不都合にて御座いますが。とても十分なおもてなしを出来ませぬけれども。
「心とけて」ほっとして。海老原は無沙汰が永かったので、下僕も一緒なれば、止宿を断わられる可能性を考えていたものであろう。
「土間になして」屋内で床板を張らず、地面のままか、或いは三和土(たたき)にしてあることを「土間」という。家内が総てそうなのでは無論ない。後に「土間の向ひなる一間の座敷」とあるように、この男の家は話の終りに「雇わるゝ人さへなきよし」と出るように、このやや広めにとった土間を以って、何かの商売をしているものと思われる。他にはその向かい(奥)に板敷の一間があるだけなのであろう。だから「手狹く住(すみ)なせり」と添えているのである。
「御連合(つれあひ)」「奥方さまは?」。
「一兩年」一、二年ほど。
「過し頃」何年前と示さないのは、実は近年のこと乍ら、後に出るような怪異が起こると広まっている故に、そこを殊更に避けて述べているもののように感ずる。但し、この怪異、後半のシークエンスでの主人の様子を見るに、どうも夫本人は全く経験していないか、或いはそれに鈍感なのか、又は、その怪奇現象に慣れて日常化してしまっているのか(自身の気の病いとでも思っているのかも知れぬ)、何とも、海老原の怪異体験に対して、不思議な応対をしている。但し、そこがまた、この怪談の他に類を見ない、面白い部分であるとも言えるように思う。
「萬(よろづ)御世話のみにてあらん」「万事、最小限の御手数だけをお掛け下さればそれで宜しゅう御座いまする。」。
「夕飯とりしたゝめ」夕食の準備など成し。
「春禮」「しゆんれい」と読んでおく。新年の祝詞を述べるために正月に親戚・知人・近隣を訪問すること。
「亥の刻」午後十時頃。
「かたかた」(枕元の)傍ら。
「勝手の用心もあしければ、某は勝手に寢候なり」この唯一の部屋は、裏に抜けていない土間(勝手(台所兼用))からのみ入室出来る塗籠(ぬりごめ)のような構造なのであろう。だからこそ「勝手の用心もあし」(「惡し」)よろしくないので、と述べているのである。或いは、この男は土間の井戸から怪異が出来することは知っていて(自分では体験出来ずとも雇い人が辞める際に理由を述べたり、町の噂から知ることが出来る)、自分が勝手、敷地内の井戸の近くに寝れば、その怪異は他者に対しては起こらぬかも知れぬと考え、勝手に寝ることにしたのかも知れぬ。嘗て妻と同居していた以上、その海老原が寝た部屋は、主人も一緒に寝るだけのスペース上の余裕はあったと考えられるからである。
「突き倒すごとく」今にも昏倒しそうなほど。悪天候の中の強行軍で肉体的には勿論のこと、しかも無沙汰している何某の家に図々しくも泊めて貰うことへの気遣いなどから、精神的にも疲弊していた。
「床(とこ)付くより目冴(さへ)て、寢られず」疲弊しているのに眼が冴える、既に怪異は始まっているのである。
「何やらん、心地あしく、すごき樣にて、さまざまの事どもおもひつゞけ、猶も寢られざる」この全く内的な精神変調を描出するところ、筆者、これ、怪談の手練れ、という気を強くさせる箇所である。
「子の刻」午前零時。
「枕の燈もねむり出(いで)、消(けし)つ燈(ともし)つ」枕元に置かれた灯芯の火が、急に細く小さくなって、消えたかと思うと、またぽっと灯ったり、また、すぅーと細く萎むことを繰り返し。
「いとゞ心細きにぞ、かゝげん」『これじゃ、ひどく心細いことじゃて、灯芯を搔き立てて明るくせねば、これ、ならんて。』
「とて」と思うた、その瞬間。
「延(のび)あがるあふり風にて、燈はきへぬ」下から煽るような風が吹き上げたかと思うと、フッ! と灯は消えてしまった。これは夜着の中の海老原が風を体感したのではなく、全くの視覚印象で叙述しているところが実に映像的で上手い。
「いとゝよる方なき心地して、早く夜の明(あけ)よ」「いとゝ」はママ。「いとど」。『なんともまあ、訳は分からぬが、ひどく頼りないもの凄い心持ちのすることじゃて、早(はよ)う、夜の明けて呉れよ!』という切実な海老原の心内語である。
「勝手は」勝手からは。
「はるかに」何か遠く。五月蠅く聴こえているのではない。それでは怪異が形無しとなってしまう。
「鼾」「いびき」。
「物淋しき」訳もなくもの淋しい感じがしてくる。
「丑の刻」午前二時。
「内井戸の中に何やらん、ざつぶと庭へ踏上る音して、」「内井戸」とあるが、土間の中に井戸がある(実際、そうした井戸も多くある)のではなく、「庭」とあるから、恐らくは土間の勝手口のすぐ脇辺りの庇の下、庭の隅に井戸が併設されているのであろう。「中に」中から。「ざつぶと」ザンブと。擬音語。
「呼び行(ゆく)やふなれば」こちら(勝手イコール海老原の寝ている部屋)の方へ向かって行く様(よう)なので。「やふ」の歴史的仮名遣は誤り。
「肝魂も身に添(そへ)ず居けるに」「肝魂」は「きもたま」。臓腑も魂(たましい)も身体から抜け出るほどに恐ろしくなって蹲っていたところが。
「三尺」九十一センチ弱。
「唐紙」「からかみ」。襖(ふすま)。
「何音」「なんのおと」と訓じておく。
「咳(せき)わらひ」「咳拂(せきはら)ひ」。歴史的仮名遣の誤り。
「いざいざ是へ」「ち、ち、ちょっと! こ、こちらへ! 来ておくんなさい!」。但し、怪異を語るのではなく、口実として亭主に、「ちょっと別な急いで成さねばならぬ用件を思い出しましたによって、明朝は早立ちせねばなりませぬ。これより直ぐに起きて用意致さんと思いまする。下僕も起こして下され。」とでも言うたのであろう。
「明七ツ」定時法では午前四時頃であるが、「明」(あけ)とは附さず、不定時法では「明」ではなく、「曉(あけ)七ツ」である。不定時法の可能性が高いが、季節が判らない。全体の印象からは盛夏や厳冬の頃とは思われず、天候不順なのは秋の台風シーズンとも読めるから、それだと暁七つは午前三時半頃となり、時間の流れ、早々に立ち去りたい海老原の気持ちともよく合う時刻と思う。
「手寄の人」「たよりのひと」と訓じておく。「手寄」(たより)は縁故で、小木の海老原の知人で河原田町のその男或いは河原田町に縁故のある者。
「此程の取沙汰」近頃取沙汰されている噂。
「井へ身を投し、女房の亡魂」この読点はいらない。]

