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2016/10/22

諸國百物語卷之四 二 叡山の源信ぢごくを見て歸られし事

    二 叡山の源信ぢごくを見て歸られし事

 

 一條のゐんのとき、ひゑい山に源信とて、たつときちしき、ましましける。あるとき、みやこへ下山せられしみちにて、にわかに雨ふりけるに、あとより、うつくしき女、はしりきたりて、かの源信にちかづき、さめざめとなきける。源信、しさいをとひ給へば、かのをんな、云ふやう、

「われは羅刹女(らせつによ)と申す、鬼のゆかりにて候ふが、男にはをんなのすがたをなし、女には男のすがたをなして、『人をたぶらかしきたれ』とをしへて、鬼のゑじきとす。『もし、人をもとめゑぬときは、それがしをふくせん』といふ。けふは、人をゑず、さだめてわがいのちを、うしなわるべし。ねがはくは御僧の法力をもつて、じやうぶついたしたく候ふ。たのみ奉る也。わがいふ事、まことしからずおぼしめさば、あとよりきたりてみ給へ」

とて、さきたちてゆくを、源信もしたいゆきて見給へば、とある山ぎはにゆきかゝれば、すでに日くれぬ。なを、山ふかくしたいゆけば、門あり。かの女、門をたゝけば、うちより、おそろしき鬼のこゑにて、門をひらき、かの女のゑ物なき事をいかり、かずの鬼どもあつまり、口より、くわゑんをはきいだし、かの女の手あしをぬき、ひきさき、くらふ有さま、なかなか、おそろしきしだい也。源信、ふびんにおぼしめし、山にかへり、經をよみ、ねんごろにくやうし給へば、源信、その夜のゆめに、かの女、しうんにのりきたりて、よろこばしきがんしよくにて、源信にむかつていひけるは、

「われ師の法力によつて、天上にむまれ、じやうぶつせり」

とて、三度らいはいして、西をさして歸りけると也。

 

[やぶちゃん注:「一條のゐんのとき」一条天皇(天元三(九八〇)年~寛弘八(一〇一一)年)の治世(寛和二(九八六)年~寛弘八(一〇一一)年)の意。

「源信」(天慶五(九四二)年~寛仁元(一〇一七)年)は天台僧。以下、ウィキの「源信(僧侶)に基づく。恵心僧都(えしんそうず)と尊称される。大和国北葛城(かつらぎ)郡当麻(たいま:現在の奈良県葛城市当麻)生まれ。父は卜部(うらべ)正親。七歳(以下、数え)で父と死別し、天暦四(九五〇)年、信仰心の篤い母の影響によって九歳で比叡山中興の祖慈慧大師良源(通称・元三(がんざん)大師)に入門、天暦九(九五五)年、十四で得度した。翌年、僅か十五にして「称讃浄土経」を講じて、村上天皇により法華八講の講師の一人に選ばれている。この時、源信は下賜された布帛(ふはく:高級な織物)などの褒美の品を『故郷で暮らす母に送ったところ、母は源信を諌める和歌を添えて』、『その品物を送り返した。その諫言に従い、名利の道を捨てて、横川にある恵心院(現在の建物は、坂本里坊にあった別当大師堂を移築再建)に隠棲し、念仏三昧の求道の道を選』んだのであった。この時の母の諫言の和歌とされるのが、

 

 後の世を渡す橋とぞ思ひしに世渡る僧となるぞ悲しき

 

である。永観二(九八四)年末に師であった良源が病に冒されると、これを機にかの名作「往生要集」の撰述に入った(永観三(九八五)年一月三日に良源は示寂した)。寛和元(九八五)年三月、「往生要集」を脱稿している。寛弘元(一〇〇四)年には天皇の外戚として権勢を誇っていた藤原道長が帰依し、権少僧都となったが、翌年には母の諫言の通り、その位を辞退している。『臨終にあたって』は『阿弥陀如来像の手に結びつけた糸を手にして、合掌しながら入滅した』とされる。源信は浄土教の濫觴とされる人物であると同時に、「往生要集」(私の偏愛する仏教書の一つである。偏愛する理由は無論、その地獄描写の飽くことなき細密描写とそこから私の内に生ずる猟奇趣味故にである)によって本邦に於ける地獄思想の定着を決定づけた人物でもある。源信はまさにそうした意味で本篇で主人公となるに相応しい人物なのである。

「たつときちしき」「尊き智識」。「智識」は仏道に教え導いてくれる優れた指導者。導師。善知識。

「羅刹女(らせつによ)」ウィキの「羅刹天」より引く。『仏教の天部の一つ十二天に属する西南の護法善神。羅刹(らせつ)とも言う』。『羅刹とは鬼神の総称であり、羅刹鬼(らせつき)・速疾鬼(そくしつき)・可畏(かい)とも訳される。また羅刹天は別名涅哩底王(Nirrti-rajaの音写、ラージャは王で、ねいりちおう、にりちおう)ともいわれる。破壊と滅亡を司る神。また、地獄の獄卒(地獄卒)のことを指すときもある。四天王の一である多聞天(毘沙門天)に夜叉と共に仕える』。『ヒンドゥー教に登場する鬼神ラークシャサが仏教に取り入れられたものである。 その起源は夜叉同様、アーリア人のインド侵入以前からの木石水界の精霊と思われ、ヴェーダ神話では財宝の神クヴェーラ(毘沙門天)をその王として、南方の島、ランカー島(現在のスリランカ)を根城としていた。『ラーマーヤナ』ではクヴェーラの異母弟ラーヴァナが島の覇権を握り、ラークシャサを率いて神々に戦いを挑み、コーサラ国の王子ラーマに退治される伝説が語られている。概ねバラモン・ヒンズー教では人を惑わし食らう魔物として描かれることが多い』。『仏教普及後は、夜叉と同様に毘沙門天の眷属として仏法守護の役目を担わされるようになる。十二天では「羅刹天」として西南を守護し、手にした剣で煩悩を断つといわれる。図像は鎧を身につけ左手を剣印の印契を結び、右手に刀を持つ姿で描かれる。全身黒色で、髪の毛だけが赤い鬼とされる』。『中国以東では羅刹の魔物としての性格が強調され、地獄の獄卒と同一視されて恐れられることが多かった』。十世紀の『延暦寺の僧、源信著『往生要集』はその凄惨な地獄描写で有名だが、そこでも羅刹は亡者を責める地獄の怪物として描かれている』。『羅刹の男は醜く、羅刹の女は美しいとされ、男を羅刹娑・羅刹婆(ラクシャーサ、ラークシャサ、ラクシャス、ラクシャサ、ラクササ)、女を羅刹斯・羅刹私(ラークシャシー)・羅刹女(らせつにょ)という。また羅刹女といえば法華経の陀羅尼品に説かれる十羅刹女が知られるが、これとは別の十大羅刹女や八大羅刹女、十二大羅刹女として、それぞれ名称が挙げられており、さらに孔雀経では』七十二『の羅刹女の名前が列記されている』とある。

「ゆかり」「所縁」。一族。

「『人をたぶらかしきたれ』とをしへて」これは後に出る羅刹女を使役する鬼の「をしへ」(命令)と読む。

「ゑじき」「餌食」。

『もし、人をもとめゑぬときは、それがしをふくせん』「若し、人を求め得(え)ぬ時は、某(それがし=汝(なんぢ))を服せん」。「ゑぬ」の歴史的仮名遣は誤り。「服す」は「吞み込む」で「喰らう」の意。これもその鬼の頭目の、羅刹女に対する「脅(おど)し」の言葉である。

「じやうぶついたしたく候ふ」「成佛致し度く候ふ」。

「まことしからずおぼしめさば」「真實(まこと)然らず思し召さば」。本当の事でないようにお疑いなされるのであれば。凡夫の私如きは、「あとよりきたりてみ給へ」まで自体が総て偽りで、まんまと鬼の餌食とされるのではないか、と猜疑するであろう。されば、私は羅刹女を救う宿根を持たない哀れな衆生に過ぎぬのであった。

「したいゆきて」後について行き。

「ゑ物」「得物」「獲物」。孰れでもやはり歴史的仮名遣は誤りである。

「かずの鬼ども」「數の鬼ども」沢山の鬼ども。

「くわゑん」「火炎」。

「かの女の手あしをぬき、ひきさき、くらふ」「彼の女の手足を拔き、引き裂き、喰らふ」。

「有さま」「有樣(ありさま)」。

「しだい」「次第」。一連の凄惨な殺戮と血と肉の饗宴。謂わば、源信の「往生要集」の地獄篇での地獄についての実景検分がこの時に実際に行われたと筆者は謂いたいのであろう。しかしだったら、もっと地獄巡りをして貰いたかったというのが私の猟奇心の本音であると告白しておく。本話柄、余りにも簡潔に短過ぎ、読者への映像化の慫慂が成されていない嫌いがあるのである。

「ふびん」「不憫」。

「ねんごろにくやうし給へば」「懇ろに供養し給へば」。

「しうんにのりきたりて」「紫雲に乘り來たりて」。「紫雲」とは、念仏行者が臨終する際、その人のために仏が乗って来迎(らいごう) するとされる、吉兆とされる紫色の雲のこと。それに載って極楽浄土へと仏とともに向かうのである。羅刹女は「女」とあるが、実際には女ではないから直ちに極楽往生出来るのである(仏教では如何なる徳や修行を積んでも女性は男性に生まれ変わって初めて往生出来るという「変生男子(へんじょうなんし)」説というトンデモない差別思想があることを、お忘れなく)。

「よろこばしきがんしよくにて」「喜ばしき顏色にて」。

「むまれ」「生(む)まれ」。

「らいはい」「禮拜」。

「西」西方浄土。]

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