左手の文学 ――「駅前旅館」論―― 梅崎春生
左手の文学
――「駅前旅館」論――
この「駅前旅館」という小説には、筋という筋はない。だからこの小説の面白さは、筋以外のところにある。樹にたとえると、幹の形は大したことはないが、それから派生した枝や梢や葉の形に趣きがあるといったようなものだ。私は「駅前旅館」を雑誌連載中に時折読み、その都度面白かったが、それもこのことと関係があるだろう。雑誌一回分に切り取られても、もともと枝葉の面白さだから、大してそこなわれることはないのだ。
性格や作風は違うけれども、現在新潮に連載中の「梨の花」もそのタイプだ。つまり前号までの梗概を読まないでも、今月切り取られた分だけで面白いという型の小説。
「駅前旅館」は「私、駅前の柊元(くきもと)旅館の番頭でございます。名前は生野次平と申します。生れは能登の輪島在、早くから在所を離れました」というしゃべり型の文章で始まり、最後までそれで押し通す。駅前旅館の番頭の眼を通した世態人情風俗、それがこの一篇を形成しているが、では生野次平が直接に読者に語りかけて来るかといえば、私のこの度の読後感では、そうではなかった。生野次平がしゃべり、それに耳をかたむけている井伏鱒二という作者の姿勢や風貌が、まなかいにちらついて仕様がなかった。
これは私がこの作者に面識があるといったせいではなかろう。
たとえば井上友一郎に「うたよみ」という面白い小説がある。「わたくしは当年五十八歳のうたよみでございますが、二十のころから修業をはじめまして、曲りなりにもこの一筋の所謂(いわゆる)世路の艱難を凌ぎながら好きな道を踏みしめてまいりました。」このうたよみの話しかけは、直接読者に伝わって来るのだ。この作者にも私は面識あるが、うたよみの話はじかに私に伝わって来る。井上友一郎は完全に限界から消去しているのである。消去というより、うたよみの背後にかくれていて、読者はじかにうたよみに対面する仕かけとなっている。
それに反して「駅前旅館」では、番頭がしゃべり、それに対面して作者が坐っている。読者は作者のうしろに坐って(あるいは立って)番頭の話を聞くという恰好となる。どうしても井伏鱒二の後頭部や丸い肩や背中が、視界にちらついて離れない所以(ゆえん)である。
つまりこれは井上友一郎の小説が話術でもっているに対し、井伏鱒二の方は話術よりも気質でもっているせいなのだろう。もちろん話術でもとうと気質でもとうと、どちらが上、どちらが下というものではない。作者の資質の違いである。
私は以前この作者の「白鳥の歌」という短篇の書評を書き、その一節に「著者の節度というか抑制というか、そんなものが題材をとらえて引きしめている。この作者の心情は外にひろがるというより、内へ内へと巻き込んで行くような傾向があって、だからこの十篇に出没する諸人物は、作者の設定した傀儡(かいらい)であっても、微妙な人間的陰翳を帯びているのだろう。単調といえば単調だが、その単調にしてゆるぎないところに魅力がある」と書いた。この感想は「駅前旅館」にもおおむね通じる。井伏鱒二は生野次平と対面して坐り、読者に先んじて耳を傾けているが、ただ耳を傾けているのではない。つまり生野次平にしゃべり放させにはしていない。正面からにらみつけ、無言の圧迫を加え、これをがんじがらめにしている。むだなことや好みに合わぬことを、一言二句も言ったら承知しないぞと、にらみをきかしている。「外にひろがるというより内へ内へと巻き込む」傾向とはそんなことであって、その点この作者はたいへん我がまま者であり、現実に対しては逃避の姿勢を取っているように見えて、その実たいへんに征服的なのである。私より若い世代でいえば、安岡章太郎なんかがそれに当る。現実に対しては逃げの形を取りながら、妙なチャンスをつかんで相手に食いつき、貪食して完全に自分のものにしてしまう。現実は征服されるべきものとして彼の前にあるのだ。それがいいとか悪いとかいうのではない。そういう作家の素質なのである。
だからこの作品に出て来る人物はすべて、高沢という友人の番頭にしても、万年さんという旅行案内人の万年大学生にしても、その他ちょい役の端役にいたるまで、作者のにらみのきいたところで、生き生きと効いている。にらみのきいた暗だけを、生き生きと動いているのであって、幅の外には出て行こうとしないし、限界で足を踏み外さない。作者と作品の関係は、どの作者の場合でもそうだといえるが、ことにこの作者の場合はそれが強烈なのである。そういうところでこの「駅前旅館」は成立している。
しがない旅館番頭の眼を通じて見た世態人情風俗が、この一篇を形成していると先に書いたが、ではこの作品は風俗小説か。それは風俗小説とは何かという規定にもよるけれど、この頃あちこちで生産される毒にも薬にもならぬ風俗小説とほ、はっきりと一線を画さねばならぬ。
靴磨きという職業がある。それが街角で靴を磨く。おおむね磨いて、仕上げに近くなる。靴磨きは右手で刷毛(はけ)をつかみ、ちょいちょいちょいと靴の先をこする。その時空いている左手は、右手の動きに呼応して、ちょいちょいちょいと対称的な動き方をする。
あの左手は、靴を磨くという作業には、直接には参加していない。何故ならば、左手は何も持っていないし、空気の中をただ小刻みに右往左往しているだけだからだ。
ではあの左手は、全然無意味に動いているのか。そうではない。もしあの左手の動きを禁じれば、靴磨きの動作は硬直して、右手の動きは難渋を極めるだろう。大きな意味では、あの左手は靴磨きという仕事に、確乎として参加しているのである。
「駅前旅館」に描かれた現実は、みみっちい現実であり、一見毒にも薬にもなりそうになく思えるが、実はこれは靴磨きの左手の動きを果たしているのである。ただ手が無意味に動いているような風俗小説とは、根本的に違う。人生永遠の相を思わしめるような、あるいは人生の深淵をのぞかせて呉れるような、あるいは懦夫(だふ)をして立たしめるような右手の文学と違って、これはさりげなく動く左手の文学である。
では、この小説はどういう具合に読むべきであるか。答は簡単。面白がって読めばいいのである。それがこの小説を遇する唯一の道である。
[やぶちゃん注:昭和三三(一九五八)年三月号『新潮』初出。底本は沖積舎「梅崎春生全集 第七巻」に拠った。
「駅前旅館」井伏鱒二(明治三一(一八九八)年~平成五(一九九三)年):広島県安那(やすな)郡加茂村(現在の福山市)生まれ。、早稲田大学文学部仏文学科及び日本美術学校中退。梅崎春生より十七歳年上)のユーモア小説(『新潮』の昭和三一(一九五六)年九月号から翌年九月号まで十三回に亙って連載、連載が始まると同時に話題となった。単行本は一九五七年新潮社刊)。「新潮社公式」サイト内の本作の梗概によれば、昭和三十年代初頭、『東京は上野駅前の団体旅館。子供のころから女中部屋で寝起きし、長じて番頭に納まった主人公が語る宿屋稼業の舞台裏。業界の符牒に始まり、お国による客の性質の違い、呼込みの手練手管……。美人おかみの飲み屋に集まる番頭仲間の奇妙な生態や、修学旅行の学生らが巻き起こす珍騒動を交えつつ、時代の波に飲み込まれていく老舗旅館の番頭たちの哀歓を描いた傑作ユーモア小説』とある。同作を原作として八住利雄の脚本で、豊田四郎監督が同名で昭和三三(一九五八)年七月に東宝で森繁久弥主演で映画化され、後続の『駅前旅館』シリーズの濫觴となった。なお、私は井伏の「山椒魚」(昭和四(一九二九)年『文芸都市』初出。但し、「幽閉」という作品の改作)も、同年の「屋根の上のサワン」(高校時代に教科書で最初に読んだ)も、「黒い雨」(これは高校教師時代に朗読だけはした。授業はしなかった。告白しておくと本格的に授業をしなかったのは単に試験問題が作り難かったという理由のみであった)も皆々、頗る達者に書けているとは感じたが、全く以って感動しなかった。無論、本「駅前旅館」も読んでいない(私は喜劇的小説は嫌いである)。従ってここでの注もそっけなくなる。悪しからず。不満な方は、同作(映画の喜劇駅前シリーズのリストもある)について記しておられる個人サイト内の「喜劇駅前食堂」のこちらとこちらを読まれたい。私への不満はそれで解消されるものと思われる。
「梨の花」これはまさに共時制の当該雑誌『新潮』での評であるから仕方ないとしても、現在の読者には、やや不親切な書き方である。「梨の花」は井伏の作品ではなく、中野重治(明治三五(一九〇二)年~昭和五四(一九七九)年)の小説で、昭和三二(一九五七)年から翌年にかけて、同誌に掲載されたものである(単行本は昭和三四(一九五九)年新潮社刊)。ウィキの「梨の花」によれば、作者中野重治と『ほぼ等身大の主人公、高田良平の視点から描いている。主人公の小学校から中学入学のころまでの生活を題材にとり』、二十『世紀初頭の福井県の農村の姿を描き出した。タイトルは、主人公が東京で発行されている雑誌の記事から、身近にあっても今まで気づいていなかった梨の花の美しさを感じた場面からとられ、主人公がそのあと、新しい世界にふみだしていくことの予感となっている』。一九五九年の第十一回読売文学賞を受賞している。私は未読。
「井上友一郎」(ともいちろう 明治四二(一九〇九)年~平成九(一九九七)年)は大阪市生まれ。の小説家。早稲田大学仏文科卒。『都新聞』記者から、昭和一四(一九三九)年『文学者』に「残夢」を発表して作家生活に入って風俗小説作家として活躍、戦後は雑誌『風雪』に参加したが、一九七〇年代には既に忘れられた作家となっていた、とウィキの「井上友一郎」にはある。私は彼の作品は一篇も読んだことがない。
「うたよみ」諸アンソロジーの井上友一郎の作品の中に含まれていることから、彼の代表的作品の一つらしいが、初出その他は不詳。
「世路」「せろ」或いは「せいろ」と読む。世の中を渡っていくこと、或いは、渡る世の中の意。
『私は以前この作者の「白鳥の歌」という短篇の書評を書き』底本全集にはこの書評は収録されていない。従って発表誌やその年次も不祥であるが、井伏の単行本「白鳥の歌」は筑摩書房から昭和三〇(一九五五)年に刊行されているから同年中と考えてよかろう。
「懦夫(だふ)」意気地のない男・臆病な男の意。]