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2016/11/08

佐野花子「芥川龍之介の思い出」 附やぶちゃん注 (六)~その2

[やぶちゃん注:以下、佐野花子は芥川龍之介の特殊な編集になる、異様に偏執的な遺稿詩稿草稿集(抄録)である、芥川龍之介遺著・佐藤春夫纂輯「澄江堂遺珠 Sois belle, sois triste.」(初出は佐藤春夫編集になる、やぽんな書房発行の雑誌『古東多万(ことたま)』の第一年第一号から第三号に連載され、二年後の昭和八年三月二十日に岩波書店より単行本として刊行された)を引用しながら、叙述を続けてゆく。以下では変則的に私の字注と注を挟む形で進めてゆく

 私はこの「澄江堂遺珠 Sois belle, sois triste.」及びその関連資料の追跡もブログ・カテゴリ『「澄江堂遺珠」という夢魔』で継続中で、既に「芥川龍之介遺著・佐藤春夫纂輯 澄江堂遺珠 Sois belle, sois triste. 附やぶちゃん注」としてそのブログ版の他、単行本の雰囲気を再現しようと努めた(完全ではない)サイトHTML版及びPDF縦書版(このPDF版を強く推奨する)で完成させている。従って、以下の叙述はそれらの孰れかを並べて披見しながら、ご覧になられるのが最もよいと思う。単行本「澄江堂遺珠」自体は必ずしも人口に膾炙しているものとは思われず、その単行本自体が必ずしも現在、容易に入手出来るものとは言えないからである。

 また、最初に言ってしまうと、佐野花子は単行本「澄江堂遺珠」を所持していると述べており、それを私は疑うものではさらさらないのであるが、しかし、彼女の引用の仕方は、多分に先の宇野浩二の「芥川龍之介」の中での「澄江堂遺珠」の引用とあまりにも酷似していると言えることは述べておく。無論、後で宇野浩二が「芥川龍之介」でこれらの詩群を引いて評を加えていることをも花子は述べ、引用もしてはいる。

 しかし、例えば、最初に引いている「雪は幽かにつもるなり/こよひはひともしらじらと/ひとり小床にいねよかし/ひとりいねよと祈るかな」という詩篇であるが

これは宇野浩二が「芥川龍之介」の「上巻 十一」で「澄江堂遺珠」の詩篇の考察の冒頭で、やはり最初に引用している詩篇

 

である(宇野浩二のそれはブログ版で示すと、ここである)。

 

 そんなのは偶然だと言われるかも知れない。しかし私には偶然である可能性はすこぶる低いとしか思えないのである。

 

 何故か。

 この詩篇は「澄江堂遺珠」の真ん中辺りに登場するもので、冒頭でも、特異な切れ目にあるものでもなく、必ずしもこれらの痙攣的反復的詩篇の中で、目立って優れ、完成された一篇でもないからである。いや、完成どころか

 

この宇野浩二と佐野花子が真っ先に引用している四行は、実は不完全な引用

 

なのである私の「芥川龍之介遺著・佐藤春夫纂輯 澄江堂遺珠 Sois belle, sois triste. 附やぶちゃん注」を例えば、サイトHTML版で見て戴くと、「雪はかすかにつもるなり」で検索して貰うと一目瞭然、この四行詩に相当するものは一ヶ所しかないことが判る(他に二ヶ所あるがそれは以下の三行が違う)が、しかしそれは、四行詩ではなく、

 

ひとり葉卷をすひをれば

雪はかすかにつもるなり

こよひはひともしらじらと

ひとり小床にいねよかし

ひとりいねよと祈るかな

 

という五行詩なのである。

 実はこの詩は、前のページ(四十三頁)に第一行「ひとり葉卷をすひをれば」があって、以下の四行が次のページ(四十四頁)に繰り越されてあるのである。

 本詩篇は四行一組の詩篇が多いために、これは確かに間違いやすいとは言えるのではあるが、だからと言って、花子が宇野と同じ感性でこれを選び、宇野と同じように誤読して一行目を抜かしたというのは、宇野の迂闊さと花子の迂闊さが偶然にも一致したという、文学を学んだ花子にとっては、これ、すこぶる侮辱的な阿呆らしい事例を明らかにするということになるからである。

――誰かの一纏まりの知られていない詩集があった時

――それをオリジナルに語り出そうとする時

――最初にどの詩篇を引用するか?

これはその人の文章のオリジナリティを一発で決める要である――

 

 まだ偶然だ、と言い張る人のためにダメ押ししておく。

 

 それに続く、「きみとゆかまし山のかひ/山のかひには日はけむり/日はけむるへに古草屋/草屋にきみとゆきてまし」及び「きみと住みなば」で始まる不完全草稿も、やはり宇野浩二が前の詩篇の後に、『それから、次のようなものもある』と挟んで、引いているものと全く同じ詩篇である。ところが、これも私の全テクストで点検して貰うと判るが、これらは実は、前の詩篇とは原典では繫がっておらず、五ページほど後(四十九頁)に離れて出る詩篇二篇で、しかも、その二篇の間には、四行詩一篇が挟まっており、それをカットしたものなのである! 宇野も花子も二人とも、そのカットを述べずに引いているのである! これも偶然の一致などとすることは、最早、私には苦しい言い訳でしかないとしか言いようがないのである。

 私は佐野花子を味方ではあるつもりではある。であるが、しかし、おかしな所・怪しい所・尋常な反応とは思われぬ所は毅然として批判・指摘しないわけにはいかない。そして、そうした批判も含めつつも、それでも総体に於いて、佐野花子を芥川龍之介研究に復権させたいというのが、この大阿呆の私の、大真面目な目標だからである。

 

 佐藤春夫が編集しました「澄江堂遺珠(Sois belle, sois triste)」という詩集を私も読んでおります。(“Sois belle, sois triste”)は「美しかれ。悲しかれ」の註をもっております。この詩集は芥川の抒情を問題にしておりまして、一つの連を幾度も直し、又、元に戻したりして、長時間を費やしながら、誰か一人を思いつめているさまを追求しています。

 

 雪は幽かにつもるなり

 こよひはひともしらじらと

 ひとり小床にいねよかし

 ひとりいねよと祈るかな

 

 きみとゆかまし山のかひ

 山のかひには日はけむり

 日はけむるへに古草屋

 草屋にきみとゆきてまし

 

 きみと住みなば    }

            }山の峡

 ひとざととほき(消) }

 山の峡にも日は煙り

 日は煙る□□□□

 

[やぶちゃん字注:「}」は底本では大きな二行に亙る一つの括弧で、実際には行間下に「山の峡」(「やまのかひ」と読む)は入る。また、最終行の□は底本では細長い長方形一つである。ブラウザ上の不具合から、概ねの字数に合わせて□で示した。以下、□部分は同じ処理をした。以下ではこの□についての注は略す。]

 

 右の一連について佐藤春夫は、「即ち知る故人はその愛する者とともに世を避けて安住すべき幽篁叢裡の一草堂の秋日を夢想せる数刻ありしことを」。と註しておりまして、宇野浩二も「さうだ、さうなのだ。誠に佐藤の云ふとほり、芥川は、かういふ事を(俗な言葉でいへば、「手鍋さげても……」といふやうな事を)夢想せる数刻があったのであらう」と「夢想せる数刻が」と述べております。芥川にはこのように一人を想いつめる折々があっただろうことは、私にもよくうなずけるのです。夢想のみならず、明らかに面と向って直情を訴えることがありました。私はその経験がございますのでわかります。[やぶちゃん字注:宇野の評言の箇所に違和感を持つ人があるかも知れぬが、ここは実際、『そうだ、そうなのだ、誠に佐藤の云うとおり、芥川は、こういう事を、(俗な言葉でいえば、手鍋さげても……』というような事を、)夢想せる数刻があったのであろう、「夢想せる数刻」が。』と、病後に著しく文体が変容し、奇妙なくどくどしい書き方になった宇野浩二特有の言い回しを、花子が違和感のないように何とか再現しようと試みたことが判る。宇野の原文はここ。]

 そして佐藤春夫はこれらの詩とならべて、

 『戯れに』(1)(2)と題した、[やぶちゃん字注:底本では次の詩篇が行空けなしで続いているが、恣意的に空けた。]

 

 君と住むべくは下町の

 水どろは青き溝づたひ

 汝が洗湯の往き来には

 昼も泣きづる蚊を聞かむ

            戯れに⑴

 汝と住むべくは下町の

 昼は寂しき露路の奥

 古簾垂れたる窓の上に

 鉢の雁皮も花さかむ

 

[やぶちゃん注:最初一篇の一行目「君と住むべくは下町の」は花子の誤りで、「汝と住むべくは下町の」が正しく、四行目「昼も泣きづる蚊を聞かむ」も「なきづる」と平仮名が正しい(宇野浩二の引用も花子と同じく「泣きづる」と誤っている)。なお、花子は二篇目の最終行の次行の下方に「戯れに」と記すのを忘れている。

 

「雁皮」は古く奈良時代から紙の原材料とされてきたフトモモ目ジンチョウゲ科ガンピDiplomorpha sikokiana を指し、初夏に枝の端に黄色の小花を頭状花序に七から二十、密生させるものであるが(グーグル画像検索「雁皮の花」)、どう考えても地味な花で、それをまた鉢植えにするというのは、如何にも変わった趣味と言わざるを得ない。そうした不審を解いてくれるのが、「澄江堂遺珠」の末尾に記された校正家神代(こうじろ)種亮の「卷尾に」という文章で、神代はそこで「雁皮」について、これ『は事實から看て明かに「眼皮」の誤書である。雁皮は製紙の原料とする灌木で、鉢植ゑとして花を賞することは殆ど罕な植物である。眼皮は多年生草本で、達磨大師が九年面壁の際に睡魔の侵すことを憂へて自ら上下の目葢を剪つて地に棄てたのが花に化したのだと傳へられてゐる。花瓣は肉赤色で細長い。』と記している(「罕な」は「まれな」と読み、「稀」と同義。「目葢」は「まぶた」)。まさにこれは目から鱗である。これはジンチョウゲ科のガンピではなく、中国原産で花卉観賞用に栽培されるナデシコ目ナデシコ科の多年草である別なガンピ(岩菲(がんぴ)) Lychnis coronata であったのである。こちらのガンピ(岩菲)は茎は数本叢生し、高さは四十~九十センチメートルほどになり、卵状楕円形の葉を対生させ、初夏に上部の葉腋に五弁花を開くが、花の色は黄赤色や白色といった変化に富む。グーグル画像検索「Lychnis coronataでその鮮やかな花を見られたい。これは確かに神代の言う通り、「雁皮」ではなく「岩菲」に違いない。]

 

という詩を引いて「と対照する時一段の興味を覚ゆるなるべし。隠栖もとより厭ふところに非ず。ただその他を相して或は人煙遠き田園を択ばんか、はた大隠の寧ろ市井に隠るべきかを迷へるを見よ。然も『汝と住むべくは』の詩の情においては根帯竟に一なり」としております。とにもかくにも、芥川の詩の奥にまで踏み込んで追求しようとする、結局は好奇の心と申しましょうか、まことに熱意あくなき探求心であると言えます。そして芥川の純情きわまりなさ、ロマンティストあることなど、推敲に推敲を重ねた文体から来るひややかさでは、とても想像のつかぬような浪漫心を知ることができます。私に対して言うことばも、純情きわまるものでございました。それはお読み返し下されば、おわかりのことと思います。そして、

[やぶちゃん注:ここでの改行はママ。佐藤春夫の引用部の「相して」は占って・判断しての意、「大隠の寧ろ市井に隠るべきか」とは「大隠(たいいん)は市(いち)に隠る」という故事成句で、「真(まこと)の隠者たるものは人里離れた山中などに隠れ住んだりはせずに却って俗人に混じって町中にありながら超然と暮らすものである」という晋の王康琚「反招隱詩」の「小隱隱陸藪 大隱隱朝市」(小隱は陸藪(りくさう)に隱れ 大隱は朝市(てうし)に隱る」に基づく語である。「根帯竟に一なり」これは花子の誤記か或いは誤植で、「根蒂竟に一なり」である。読みは「こんたいついにいつなり」で「根蒂」は植物の基幹を成すところの根と蔕(へた)の意で「物事の土台・拠りどころ・根拠とするところ」を指す。その拠って立つところの揺るぎない詩根・詩心は完全に一つであるの意。]

 この遺稿は、大学ノートに書かれた腹稿の備忘とも見るべきものが興のままに不用意に記入されているのを、追って推敲して行った変化のあといちじるしく、一字もいやしくしない作者の心血のしたたりが一目歴然でありますのに、折にふれては詩作と表面上なんの関連もなさそうな断片的感想や、筆のすさびの戯画なども記入されてあるよし、作者の心理の推移、感興の程度を窺うに実に珍重至極な資料として、佐藤春夫が「はしがき」に述べている通り、貴重な資料でございます。書いては筆を措き、また、書き変えて見ては、中止し、考え込んでいるあいだの長さを推測できますし、そこで誰か一人の人を確かに思いつめております。人を追いつめるのか、推敲の方法を追いつめるのか、どちらともわからなくなりますけれど、明らかに人を思う詩を創作中なのでございますから、やはり人を思いつめているのだとも申せます。

[やぶちゃん注:この評は首肯出来、花子の穏当にしてオリジナルなものとして好ましい。]

 

 幽かに雪のつもる夜は

 ココアの色も澄みやすし

 こよひ□□□□

 こよひは君も冷やかに

 独りねよとぞ祈るなる

 

 幽かに雪のつもる夜は

 ココアの色も澄みやすし

 今宵はひとも冷やかに

 ひとり寝よとぞ祈るなる

 

[やぶちゃん字注:太字は底本では傍点「●」。なお、これら以下も残念ながら、宇野浩二の引用と一致しているしかもこれら以下は先の引用部より前の箇所(原本三十頁)から始まるものである(逆順引用の一致)。なお、花子は最初の一篇の原典の傍点、白ヌキの「ヽ」(以下の太字部)、

 

 幽かに雪のつもる夜は

 ココアの色も澄みやすし

 こよひ□□□□

 こよひはも冷やかに

 りねよとぞ祈るなる

 

を打つのを忘れている。]

 

 幽かに雪のつもる夜は

 ココアの色も澄みやすし

 こよひはひとも冷やかに

 ひとり寝よとぞ祈るなる

    右は両章とも××を以て抹殺せり。

    その後二頁の間は「ひとりねよとぞ

    祈るなる」は跡を絶ちたるも、こは

    一時的の中止にて三頁目には再び

 

[やぶちゃん字注:以上の三字下げは佐藤春夫の註で、底本ではポイント落ち。私のこのテキストではブラウザの不具合を考えて一定字数で改行してある。なお、以下の詩篇本文に挿入された佐藤の註も底本ではポイント落ちである。以下同じなので、この注は略す。]

 

 かすかに(この行――にて抹殺)

 幽かに雪の

   と記しかけてその後には

   「思ふはとほきひとの上

    昔めきたる竹むらに」

   とつづきたり。その後の頁には又

 

[やぶちゃん字注:佐藤の注の最初の開始位置はママ。これは本書の版組の誤りと思われる。「又」は原典では「また」で、ひらがなである。]

 

 幽かに雪のつもる夜は

       (一行あき)

 かかるゆうべはひややかに

 ひとり寝「ぬべきひとならば」

    (「」)の中の八字消してその左側に

    「ねよとぞ思ふなる」と書き改めたり」

    さてこの七八行のうちには

 

[やぶちゃん注:底本では佐藤の注の頭は「(「)」であるが、取り敢えずかく、しておいた。しかし、ここは実は全体が写し誤り(複数箇所)であり、原典は三字下げで、

 

(「」の中の八字消してその左側に「ねよとぞ思ふなる」と書き改めたり)

さてこの七八行後には

 

が正しい。]

 

 雪は幽かにきえゆけり

 みれん□□□□

 

       とありて

 

[やぶちゃん字注:原典ではここに三字下げポイント落ちで「*」が入る。]

 

 夕づく牧の水明り

 花もつ草はゆらぎつつ

 幽かに雪も消ゆるこそ

 みれんの□□□□

 

などと、似たような詩句が一転二転して、書きつづられてある後に、

[やぶちゃん注:この行、ポイント落ちなので読者諸君は当然佐藤春夫の註と思うのだが、この一行は――佐藤春夫の言葉――では、ない。――宇野浩二の「芥川龍之介」の本文の宇野自身の言葉の挿入部――であるここをご覧あれやっちゃましたね、花子さん。

 

 幽かに雪のつもる夜は

 折り焚く柴もつきやすし

 幽かに いねむきみならば

 

[やぶちゃん字注:太字は底本では傍点「●」。]

       (一行あき)

 ひとりいぬべききみならば}

             }併記して対比推敲せしか

 幽かにきみもいねよかし }

 

[やぶちゃん字注:「}」は底本では大きな二行に亙る一つの括弧で、実際には行間下に上記の佐藤の註が入る。]

 

とあって、更に似たような詩句が十句あまりもあって、その書後がつぎのような詩になってゐる。

とあり、

[やぶちゃん注:この「とあって、更に似たような詩句が十句あまりもあって、その書後がつぎのような詩になってゐる。」も先と同じく、同じ個所の宇野浩二の挿入部である。]

 

 雪は幽かに つもるなる

 こよひは ひとも しらじらと

 ひとり小床にいねよかし

 ひとりいねよと祈るかな

 

[やぶちゃん字注:太字は底本では傍点「●」。この字空けは原典にも宇野浩二の酷似引用にも見られない特異点である。]

 

     幾度か詩筆は徒らに彷徨して時に

     は「いねよ」に代ふるに「眠れ」

     を以てし或は唐突に「なみだ」

     「ひとづま」等の語を記して消せ

     るものなどに詩想の混乱の跡さへ

     見ゆるも尚筆を捨てず。

 

[やぶちゃん注:この引用も宇野にあるが、末尾の句点は花子によるもの。実は原典は句点で、続いて「尚筆を捨てず、最後には再び」として詩篇が続いている。]

 

と佐藤春夫が右、解説しておりますように、幾度も繰り返しては出直している詩でございます。佐藤春夫の執念にも驚かされます。そして更に次のような詩になっているのを私は見ます。

[やぶちゃん注:この以下の引用の前には、原典の一篇分が省略されている。しかも同じ省略した形でやはり宇野浩二も以下を引用しているのである。ここまでくると最早、佐野花子は「芥川龍之介遺著・佐藤春夫纂輯 澄江堂遺珠 Sois belle, sois triste.」から直接、これらの詩篇を引いたのではなく、宇野浩二の「芥川龍之介」から孫引きした可能性が極めて高いことが判明してしまうのである。私には、この段落末の――「私は見ます」――という花子の胸を張った毅然とした言い放ちが、何とも、哀しく響いてきてしまうのである。]

 

 ひとり葉巻をすひ居れば

 雪ほかすかにつもるなり

 かなしきひともかかる夜は

 幽かにひとりいねよかし

 

[やぶちゃん字注:太字は底本では傍点「●」。]

 

 ひとり胡桃を剝き居れば

 雪は幽かにつもるなり

 ともに胡桃を剝かずとも

 ひとりあるべき人ならば

 

[やぶちゃん注:原典では後者の一篇の上には音楽記号のスラーのような太い丸括弧「(」が四行に亙って懸けられてある。]

 

右の詩に関して宇野浩二は「この最後の小曲の後半の『ともに胡桃を剝かずとも、ひとりあるべき人ならば』といふ二節は、言外に意味ありげな感じがある。しかしその意味は、つぎにうつす詩を読めば、ほぼ悟れる」と述べて次の詩を写しております。

[やぶちゃん注:ここ私はかく、「芥川龍之介遺著・佐藤春夫纂輯 澄江堂遺珠 Sois belle, sois triste.・宇野浩二「芥川龍之介」そうして、この佐野花子「芥川龍之介の思い出」の三者を一つ一つ点検して校合してきて、ここに至って、花子が、私に面と向かって、

――私は宇野浩二の「芥川龍之介」から孫引きしてない、なんて言っていませんわ。初めからそのつもりだったのですわ。

 

とはぐらかされてしまったような、ちょっと不快にして、少し奇異な感じを受けるのである。]

 

 初夜の鐘の音聞ゆれば

 雪は幽かにつもるなり

 初夜の鐘の音消えゆけば

 汝はいまひとと眠るらむ

 

[やぶちゃん字注:太字は底本では傍点「●」。しかし、原典にも宇野浩二の引用にも傍点はない。ない、代わりに、後者の宇野の「芥川龍之介」の引用の方には

 

初夜の鐘の音(ね)(きこ)ゆれば

 

という、ご丁寧な宇野のルビが振られてある

――花子さん……あなたは宇野の「芥川龍之介」のこのルビを……傍点と勘違いなさったのでは、ありませんか?…………

 

 ひとり山路を越えゆけば

 月は幽かに照らすなり

 ともに山路を越えずとも

 ひとり寝ぬべき君なれば

 

[やぶちゃん注:宇野の引用は二箇所で誤っており、厳密には(太字は底本では傍点白ヌキ「ヽ」。下線やぶちゃん)、

 

 ひとり山路を越えゆけば

 月は幽かに照らすなり

 ともに山路を越えずとも

 ひとり眠ぬべき君ならば

 

である。

――花子さん、貴女も文科の人間なら、せめてもちゃんと、お持ちのはずの「芥川龍之介遺著・佐藤春夫纂輯 澄江堂遺珠 Sois belle, sois triste.」と校合すべきでした。それを惜しんだ結果が、貴女のこの本全体の一つの大きな別な新たな瑕疵となり、更には貴女が芥川龍之介研究家から遠ざけられてしまった、別の一因とも、なっているのではありますまいか?…………

 

写し終わって宇野浩二は述べています。

 「これらの詩を読みつづけながら、私は本音か、絵空事か、と迷ふのであるが、編集者の佐藤は、これらの小曲の書きつづられてある冊子について『かくて第二号冊子の約三分の一はこれがために空費されたり。徒らに空しき努力の跡を示せるに過ぎざるに似たるも亦以て故人が創作上の態度とその生活的機微の一端を併せ窺ふに足るものあるを思ひ敢て煩を厭はずここに抄録する所以なり』と述べております。澄江堂遺珠に苦心した佐藤春夫を追って、また宇野浩二もこれを解するに苦心し、私も亦、これを読んで、彼、芥川の苦作三昧にさ迷いながら、ひとしお、思いみだれる気がいたします。「誰であろうか。或いは私ではないか」と。

[やぶちゃん注:ここで唐突に、『私も亦、これを読んで、彼、芥川の苦作三昧にさ迷いながら、ひとしお、思いみだれる気がいたします。「誰であろうか。或いは私ではないか」と。』という倒置文が出現するのである。]

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