第一課 貧乏 尾形龜之助 (附 初出復元)
第一課 貧乏
太陽は斜に、桐の木の枝のところにそこらをぼやかして光つてゐた。檜葉の陽かげに羽蟲が飛んで晴れた空には雲一つない。見てゐれば、どうして空が靑いのかも不思議なことになつた。緣側に出て何をするのだつたか、緣側に出てみると忘れてゐた。そして、私は二時間も緣側に干した蒲團の上にそのまゝ寢そべつてゐたのだ。
私が寢そべつてゐる間に隣家に四人も人が訪づねて來た。何か土産物をもらつて禮を言ふのも聞えた。私は空の高さが立樹や家屋とはくらべものにならないのを知つてゐたのに、風の大部分が何もない空を吹き過ぎるのを見て何かひどく驚いたやうであつた。
雀がたいへん得意になつて鳴いてゐる。どこかで遠くの方で雞も鳴いてゐる。誰がきめたのか、二月は二十八日きりなのを思ひ出してお可笑しくなつた。
[やぶちゃん注:「雞」は「にはとり」で尾形龜之助の好きな用字であり、ここは底本でも本字を用いている。本詩集刊行(九月刊)の昭和五(一九三〇)年は閏年ではなく、これ以前の閏年は昭和三年であるから、本詩篇初出時制(同年五月)から考えて、当年、この昭和五年の二月がシチュエーションと考えてよい。
本篇は昭和五(一九三〇)年五月発行の『詩神』第一巻第五号を初出とし、そこでは題名も異なる。以下に示す。
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貧乏第一課
太陽は斜に、桐の木の枝のところにそこらをぼやかして光つてゐた。檜葉の陽かげに羽蟲が飛んで晴れた空には雲一つない。見てゐれば、どうして空が靑いのかも不思議なことになつた。緣側に出て何をするのだつたか、緣側に出てみると忘れてゐた。そして、私は二時間も緣側に干した蒲團の上にそのまゝ寢そべつてゐたのだ。
私が寢そべつてゐる間に隣家に四人も人が訪づねて來た。何か土産物をもらつて禮を言ふのも聞えた。私は空の高さが立樹や家屋とはくらべものにならないのを知つてゐたのに、風の大部分が何もない空を吹き過ぎるのを見て何かひどく驚いたやうであつた。
雀がたいへん得意になつて鳴いてゐる。どこかで遠くの方で雞も鳴いてゐる。誰がきめたのか二月は二十八日きりなのを思ひ出してお可笑しくなつた。私は月拂いを今月も出來ぬのだ。
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削除された末尾の「月拂い」の「い」はママ。]

