晝の街は大きすぎる 尾形龜之助 (附 初出復元)
晝の街は大きすぎる
私は步いてゐる自分の足の小さすぎるのに氣がついた
電車位の大きさがなければ醜いのであつた
[やぶちゃん注:初出の昭和二(一九五七)年一月発行の『詩神』では、以下の通り。題名も異なる。
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晝は街が大きすぎる
私は足を見た
自分の足が靴をはいて步いてゐるを見た
そして これは足が小さすぎると思つた
電車位に大きくなければ醜いやうな氣がした
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初出は気怠い意識の流れそのままの論理的順列の叙述であって、それは一種の心因反応の関係妄想の症例の記述例であるあるかの如くであるのに対し、決定稿は美事な禪の公案への答えであると私は思っている。]

