譚海 卷之二 雲州家士寺西文左衞門事
雲州家士寺西文左衞門事
○雲州の太守淨免院殿と申せし比(ころ)、寺西文左衞門といふ家士あり、弓術に勝(すぐれ)たるもの也。秋の比(ころ)松茸をとりに同僚と山に遊び、歸路に及(およん)で供の小者(こもの)角平(かくへい)と云(いふ)一人みへざるゆへ[やぶちゃん注:ママ。以下同じ。]、いづれも聲を立(たて)角平が名を呼(よび)けるに、遙かなる山奧にて時々答(こたふ)るやうに聞(きき)なせり。又呼べは答る事なし、只(ただ)此(この)文左衞門聲をたてゝ呼(よぶ)とき斗(ばかり)答る聲のせしかば、漸(やうやう)みなみな不審を立(たて)、とかく文左一人呼(よび)みられよとて、外の人々はよばするに、文左衞門一人聲をつゞけて角平々々とよぶ時、段々答るこゑ近く成(なり)て、終に其所に出きたれり。扨もいかなる事にて、遠方には後れ居たるぞと尋(たづね)ければ、角平申けるは、御跡へさがり便用を達し候所へ、誰ともなく高貴の人數輩(すはい)まいられ招き候ゆへ、其前へかしこまりたる時、我等あたまを牢(かた)く押へてうごかされず、色々詫(わび)候へども承引致されず候所、皆樣の御聲にて呼(よば)せられ候ゆへ、答へ申さんとすれば猶あたまをおさへて、答へせずに居よと申され候ゆへ、力無く居候内(うち)、文左衞門樣の御聲にて呼せられ候時、件(くだん)の貴人迷惑いたされ候樣子にて、答へいたせと申され候ゆへ、聲を立(たて)いらへ致(いたし)候。文左衞門樣きびしく呼せられ候時、此人申され候は、文左衞門が呼るゝにはこまりたり、答せよと申され、又申され候は扨々文左衞門がつる音は今も耳にあるやうにてこゝろよからぬ事哉(かな)、彼(か)れにかく呼るゝこそこまりたれとて、度々よばせられ候時、今は力およばずゆるし返すぞとて放され候ゆへ、うれしくてやうやう追付(おひつき)奉りぬとかたりぬ、不思議成(なる)事也(なり)。此人弓術勝れたるゆへ加樣(かやう)の妙もあり、狐狸などの此小者をたぶらかさんとはかりたる事にや。
[やぶちゃん注:「雲州の太守淨免院殿」底本の竹内利美氏の補註に、『「続藩翰譜」によると、天明以前の松前藩主にこの法名を持つものはいない』とある。
「寺西文左衞門」不詳。
「外の人々はよばするに」ママ。原典の「外の人々はよばずするに」の脱字か。
「便用」小便であろう。
「牢(かた)く」「堅く」。
「つる音」弓を射た際の弦(つる)音。]

