ひよつとこ面 尾形龜之助 (附 初出復元)
ひよつとこ面
納豆と豆腐の味噌汁の朝飯を食べ、いくど張りかへてもやぶけてゐる障子に圍まれた部屋の中に一日机に寄りかゝつたまゝ、自分が間もなく三十一にもなることが何のことなのかわからなくなつてしまひながら「俺の樂隊は何處へ行つた」とは、俺は何を思ひ出したのだらう。此頃は何一つとまとまつたことも考へず、空腹でもないのに飯を食べ、今朝などは親父をなぐつた夢を見て床を出た。雨が降つてゐた。そして、醉つてもぎ取つて來て鴨居につるしてゐた門くゞりのリンに頭をぶつけた。勿論リンは鳴るのであつた。このリンには、そこへつるした日からうつかりしては二度位ひづつ頭をぶつつけてゐるのだ。火鉢、湯沸し、坐ぶとん。疊のやけこげ。少しかけてはゐるが急須と茶わんが茶ぶ臺にのつてゐる。しぶきが吹きこんで一日中緣側は濕つけ、時折り雨の中に電車の走つてゐるのが聞えた。夕暮近くには、自分が日本人であるのがいやになつたやうな氣持になつて坐つてゐた。そして、火鉢に炭をついでは吹いてゐるのであつた。
[やぶちゃん注:本篇は昭和五(一九三〇)年二月発行の『文芸月刊』第一巻一号を初出とし、その後、同年年四月金星堂刊の「日本現代詩選」に再録されている。初出形は以下の通りで、題名が異様に長い。これも対照表に疑義がある。秋元潔氏のそれは、あたかも詩集決定稿とは別の詩集用草稿があるかのようにもとれる書き方をされておられるからであるが、それを問題にし出すと、校合が出来なくなるので、対照表の「詩集稿」は詩集決定稿と読み換えざるを得ず、向後はこの疑問は記さないこととする(正直、過去、私は「色ガラスの街」をヴァーチャルに復元した際に、底本の編者である秋元氏の校訂には驚くべきミスが多数あることが判明しているのである)。なお、この初出本篇は新字で既に「尾形龜之助拾遺詩集 附やぶちゃん注」に公開してある。
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障子のある家(假題)――自叙轉落する一九二九年のヘボ詩人・其七
納豆と豆腐の味噌汁の朝飯を食べ、いくど張りかへてもやぶけてゐる障子に圍まれた部屋の中に半日も机に寄りかゝつたまゝ、自分が間もなく三十一にもなることが何のことなのかわからなくなつてしまひながら「俺の樂隊は何處へ行つた」とは、俺は何を思ひ出したのだらう。此頃は何一つとまとまつたことも考へず、空腹でもないのに飯を食べ、今朝などは親父をなぐつた夢を見て床を出た。雨が降つてゐた。そして、醉つてもぎ取つて來て鴨居につるしてゐた門くゞりのリンに頭をぶつけた。勿論リンは鳴るのであつた。このリンには、そこへつるした日からうつかりしては二度位ひづつ頭をぶつつけてゐるのだ。火鉢、湯沸し、坐ぶとん。疊のやけこげ。少しかけてはゐるが急須と茶わんが茶ぶ臺にのつてゐる。しぶきが吹きこんで一日中緣側は濕つけ、時折り雨の中に電車の走つてゐるのが聞えた。夕暮近くには、自分が日本人であるのがいやになつたやうな氣持になつて坐つてゐた。わけもなく火鉢に炭をついで吹いてゐるのであつた。
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「自叙」は底本のままとしたが、「自敍」かもしれない。「其七」の他の六篇が何を指すか不詳であるが、少なくとも次の「詩人の骨」の初出題名「詩人の骨(假題)轉落する一九二九年ヘボ詩人の一部」というのはその詩群に属する一篇と推測してよかろう。]

