尾形龜之助第三詩集「障子のある家」(恣意的正字化版)始動 自序 / 三月の日(附 初出復元)
尾形龜之助の第三詩集「障子のある家」(昭和五(一九二九)年九月私家版・限定五十部・非売品)を第二詩集「雨になる朝」同様(先の『尾形龜之助第二詩集「雨になる朝」始動 序(二篇)/十一月の街』の冒頭注も参照されたい)、恣意的に正字化し、さらに一部詩篇で異なる初出稿をも復元して、順次、示すこととする。
底本は一九九九年思潮社刊の秋元潔編「尾形亀之助全集 増補改訂版」を用いたが、上記の通り、恣意的に漢字を概ね正字化した。それが少なくとも戦前の刊行物の場合、より詩人の書いた原型に近い物ものとなると信ずるからである。
本詩集の内、九篇(「後記」を含む)は初出(再録・再々録を含む)と相違が認められ、それが底本では「異稿対照表」として掲げられている。本電子化では、当該決定稿の後に、それらを復元して示すこととする。
以上の二点に於いて、本電子テクストはネット上に現存する如何なる「雨になる朝」とも異なるものとなる。【2016年11月13日 藪野直史】
障子のある家
あるひは(つまづく石でもあれば私はそこでころびたい)
自序
何らの自己の、地上の權利を持たぬ私は第一に全くの住所不定へ。それからその次へ。
私がこゝに最近二ケ年間の作品を隨處に加筆し又二三は改題をしたりしてまとめたのは、作品として讀んでもらうためにではない。私の二人の子がもし君の父はと問はれて、それに答へなければならないことしか知らない場合、それは如何にも氣の毒なことであるから、その時の參考に。同じ意味で父と母へ。もう一つに、色々と友情を示して呉れた友人へ、しやうのない奴だと思つてもらつてしもうために。
尚、表紙の綠色のつや紙は間もなく變色し
やぶけたりして、この面はゆい一册の本を
古ぼけたことにするでせう。
[やぶちゃん注:「もらう」「しもう」や「古ぼけたこと」の「こと」はママ。最後の附言は底本では下まで続いて全体が二字下げであるが、ブログのブラウザ上の不具合を考えて、途中で改行を施した。
私はこのエピグラム、
あるひは(つまづく石でもあれば私はそこでころびたい)
何らの自己の、地上の權利を持たぬ私は第一に全くの住所不定へ。それからその次へ。
を偏愛する、惨めな「生」を享けた人間と自認している。]
三月の日
晝頃寢床を出ると、空のいつものところに太陽が出てゐた。何んといふわけもなく氣やすい氣持ちになつて、私は顏を洗らはずにしまつた。
陽あたりのわるい庭の隅の椿が二三日前から咲いてゐる。
机のひき出しには白銅が一枚殘つてゐる。
障子に陽ざしが斜になる頃は、この家では便所が一番に明るい。
[やぶちゃん注:初出は昭和四(一九二九)年十二月刊の「学校詩集」(学校詩集刊行所刊)で、翌昭和五年一月刊の「新興詩人選集」(文芸社)にも再録されたが、そこでは以下の通り(と推定。対照表表記が不全であるため)。
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三月の日
晝頃寢床を出ると、空のいつものところに太陽が出てゐた。何んといふわけもなく氣やすい氣持ちになつて、私は顏を洗らはずにしまつた。
陽あたりのわるい庭の隅の椿が二三日前から咲いてゐる。
ひき出しには白銅が一枚殘つてゐる。
切り張りの澤山ある障子に陽ざしが斜めになる頃は、この家では便所が一番明るい。
*]
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