諸國百物語卷之三 十二 古狸さぶらひの女ばうにばけたる事 (アップし忘れを挿入)
百日目の計算が合わないので、調べて見たところが、以下を掲載し損なっていた。今日、公開して補う。これで百話目はきっぱり今月の晦日となる。僕の公開を日々御一緒に読まれてこられた方々、当日の怪異の出来(しゅったい)は自己責任として、覚悟されたい――❦ふふふ❧…………
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十二 古狸さぶらひの女ばうにばけたる事
尾州にて二千石とるさぶらひ、さいあいの妻にはなれ、まいよ、この妻の事のみ、をもひ出だしてゐられけるが、ある夜、ともしびをゝき、まどろまれけるに、かのはてられたる内儀、いつものすがたにて、いかにもうつくしう、ひきつくろひ、さぶらひのねやにきたり、なつかしさうにして、よるの物をあけ、はいらんとす。さぶらひ、おどろき、
「死したるものゝ、きたる事、あるべきか」
とて、かの内儀をとつて引きよせ、三刀(かたな)さしければ、けすがごとくに、うせにけり。家來のものども、かけつけ、火をとぼし、こゝかしこと、たづぬれども、なに物もいず。夜あけて見れば、戸の樞(くるゝ)のあなに、すこし、血、つきてあり。ふしぎにおもひ、のりをしたいて、たづねみれば、屋敷のいぬいのすみ、藪のうちに、あなあり。これをほりて見ければ、としへたる狸、三刀(かたな)さゝれて、死しゐたりと也。
[やぶちゃん注:「尾州にて二千石とるさぶらひ」尾張藩で当初(本「諸國百物語」は江戸初期の設定話が多い)、二千石取りであった家臣をウィキの「尾張藩」で調べると、代々で国老中・名古屋城城代・江戸家老などを勤めた渡辺秀綱に始まる渡辺半十郎(新左衛門)家、毛利広盛に始まる毛利氏、土岐肥田氏分流で城代家老を勤めた肥田孫左衛門に始まる肥田氏、小田原北条氏家臣大道寺政繁次男の城代家老を勤めた大道寺直重に始まる大道寺氏などがいる。
「さいあいの妻にはなれ」「最愛の妻に離れ」死別による別離である。
「死したるものゝ、きたる事、あるべきか」この侍は(その判断は結果的に正しかったわけだが)死霊の存在を鼻っから否定している点で当時としては特異点である。
「なに物もいず」「何物も居(ゐ)ず」。歴史的仮名遣は誤り。
「戸の樞(くるゝ)のあな」この場合は、戸締まりのために引き戸の桟(さん)から敷居に差し込んで留める装置の、下の敷居に空けてある孔のこと。
「のり」血糊(ちのり)。
「したいて」「慕ひて」(歴史的仮名遣は誤り)。後を辿って。
「いぬい」「戌亥(乾)」。歴史的仮名遣は「いぬゐ」が正しい。北西。]