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2016/12/26

■やぶちゃん版村山槐多短歌集成 □大正二(一九一三)年

 

■やぶちゃん版村山槐多短歌集成

[やぶちゃん注:底本は、既に完了した詩篇パートと同じく、国立国会図書館近代デジタルライブラリーの大正九(一九二〇)年アルス刊の「槐多の歌へる」(正字正仮名)の画像を視認し、編年順のそれに準じたが、その際、平成五(一九九三)年彌生書房刊の「村山槐多全集 増補版」(但し、新字旧仮名)で校合し、注を附した。底本は年代順の各詩篇の後ろに「短歌」として配されてあるので、年号の柱を頭に□で打ってそれに換えることとした。なお、ブログ公開時のブラウザの不具合を考え、添書き(底本ではポイント落ちであるが、同ポイントで示した)の字配を底本とは変えてある。]

 

□大正二(一九一三)年

 

あへかなる櫻の國の暴君は何を描けと君に告げしや

   ――(辰貴が爲)――(以下七首)

[やぶちゃん注:「辰貴」は「タツキ」と音読みしておく。後注参照。]

 

海原の銀のやまとによする時燕の如くとびて來し人

 

だみ具もて黃色に濡れし手をやすめかのふるさとを思ひける人

 

[やぶちゃん注:「だみ具」「彩具」「濃具」か。「だみ」は金泥・銀泥で彩色することを言う。]

 

美しき國人の眼は尚未だ盲ひぬ奇しき繪と云ふ物に

 

海原をわたりて深きなさけをばこめたる國に入りにける人

 

はるばるとこの暖國の客となり何を描かむ淚ながるる

 

國人の深きなさけはとつ國の君を淚にむせばしめけむ

  (雄略帝の御代に來朝したる支那人安貴公

   が一群中に打雜りしうら若き畫家名を辰

   貴と云ふ)

 

[やぶちゃん注:安貴公は魏の文帝(曹丕:在位:二二〇年~二二六年)の後裔とされ、雄略天皇の御世(四五七年?~四七九年?)に衆をひきいて日本に帰化し、大和国添上郡大岡郷に住し、絵師として活躍、天智天皇の御世に「倭画師(やまとえし:「やまとえし」とは日本絵師の意ではなく、大和国を拠点としたという謂いとする)」の姓を賜はり、後に大岡忌寸(おおおかのいみき:この姓名は伝説の画人巨勢金岡(こせのかなおか)と併称される画人の名でもある)を賜わったという絵師を生業としたとした一族の祖とされる。「辰貴」というのは安貴の子(男子「龍」)とする記載もあるようである。「辰貴」の五代末裔に「惠尊」という絵師もいる。ここはサイト「岩倉紙芝居館」の「古典館」にある上田啓之の「日本書紀 29その他を参考にした。]

 

冬の街薄く面を過ぎる時落膽われにせまりけるかな

   ――(無題 以下四首、

[やぶちゃん注:丸括弧の閉じがないのはママ。全集では『――(無題)―以下四首』と整序。]

 

かの君がかの岡のべの君が屋に歸り給ふと思ひかなしむ

 

などて汝は破れし子をば戀ふるやと友言ふ時も迷ひけるかな

 

西の京しばらくにして雨ふると面ひそむる美しき子よ

 

血の歌は誰が子かうたふ燈火の雨の樣なる春のちまたに

   ――血歌(ちのうた)―以下八首、

 

濃(こき)血人(ちびと)情あまりて泣きしきる春の薄暮ぞいかに嬉しき

 

美しき木瓜の皇子と異名(あだな)せる君をひねもす見るが耐へせぬ

 

豐かなる人をこそ好め西歐のかのぶだう酒の色の如くに

 

この眞晝いかめしくして拉丁語を用ひる街に立てる心地す

 

[やぶちゃん注:「拉丁語」「ラテンご」と読む。]

 

猩々の髮の樣なる朱さかづきいざもてまゐれ酒をとうべむ

 

[やぶちゃん注:全集は「とうべむ」を『たうべむ』(賜うべむ)に補正。]

 

ぎりしあの若人達に櫻花見せなばいかに「ぬるし」と云はん

 

水を汲む濁りし河に春はいま苦しき赤と變りはてつゝ

 

美しき空この空の來りぬと笛吹き鳴らせ皇子は來る

   ――皇子に捧ぐる(歌)以下四首

 

[やぶちゃん注:全集は添書きを『――(皇子に捧ぐる歌)―以下四首』とする。]

 

梅林の中を過ぎりてその痛く苦きにほひに君を思へり

 

ルノアールかく畫がきしや乳色の噴泉君が愁ひにかゝる

 

泣かんとす君はすげなくわれをすていづれにか去る靄の如くに

 

六月の銀の大扉をとざしたる天は雨ふる君をかくすや

   ――雨と皇子―以下四首

 

雨ふる日君が歩みのすばしこさ行手の街の霞みにけるを

 

 

××をば血の杯と思ふ時虐思ぞ重く打顫ふなる

 

[やぶちゃん注:「××」は底本編者の伏字。全集でも復元出来ずにある。]

 

流血の街の空には銀の雨斜(はす)にせまると思へばかなし

   (皇子とよぶは一人の御子なり)

 

 

新ぼんのにほひか浮き香水かほのかにわれをおとなひくるは

   ――(無題)-以下七首

 

[やぶちゃん注:「浮き香水」不詳。女性の香水の漂い来たることを指すか。]

 

新ぼんは綠むらさきあざやかに照る春の野に居りてむ子なり

 

新ぼんの肉のまろさにうつとりとわが魂の廢りけるかな

 

君故にこの放埓をせおふ子と我を見かへりうれしくなりぬ

 

來む春は君をいざなひよひやみの將軍塚に抱かんと思ふ

 

[やぶちゃん注:「將軍塚」京都市東山区粟田口(あわたぐち)三条坊町にある天台宗青蓮院(しょうれんいん)所有(飛地)の「将軍塚大日堂」か。ウィキの「青蓮院」によれば、『寺の南東、東山の山頂に位置し、青蓮院の飛び地境内となっている。桓武天皇が平城京遷都にあたり、王城鎮護のため将軍の像を埋めた所と伝え、京都市街の見晴らしがよい』とある。]

 

くちつけを思ひて思亂れけり美しき君いかに思ふや

 

ほの暗き舊約全書その紙をかきさぐる日の我のさびしさ

   ――(無題)以下十二首

 

われ切に涙を欲ると思ふ子の心にひたに血けぶりの立つ

 

あまりにもばら色の面憎らしと君を見つめて叫びけるかな

 

わが面のみにくきことに思ひ至りかうもりの如泣ける悲しさ

 

騷亂の中に輝やく美しき一顆の玉に心はじける

 

鈍色の日頃を送る世界には唯一人のわれの哀れさ

 

憎まれて日頃を送る無賴子のわれをあはれと思ひ給ふな

 

君よ君ただひたすらに我を憎めかくて君には光增しなむ

 

人形のさびしき皮膚の白櫻咲く日はかなし心空しく

 

もろもろの睨み目われをみまもりぬ冬の小門を出で來し我に

 

うら悲し冬より春に投げ出す心はぼろをまとひけるかな

 

この日頃小櫻をどしの武者八騎都大路に常に會ふなり

 

[やぶちゃん注:「小櫻をどし」鎧の縅(おどし)の一つで、小桜革で芯を包んだ緒で縅したもの。グーグル画像検索「小桜縅をリンクしておく。]

 

ああ切に石版畫をば思ひけり手に薄赤き櫻花とり

   ――(浮き思の數歌―以下四首

 

わが園にぼたん櫻は數々の眼に見つめられ淚せんとす

 

夜櫻か晝の櫻か一分も君が姿を忘れ得ざれば

 

放蕩のぼたん櫻にふれる雨春を濡らすと知るや知らずや

 

この頃の高天原にます神の血潮は如何に豐なるらむ、

   ――赤血球―以下五首

 

[やぶちゃん注:読点はママ。]

 

野ひばりの鋭き明き一ときは君とわれとを跳らしめける

 

血に濕る乳銀色の山櫻咲けば淚をながすならはし

 

薄霞み雲母の如く輝やけば泣き女(め)のまゆもたゆげなるらむ

 

[やぶちゃん注:底本は「薄霞み雲母の如く輝や泣きけば女(め)のまゆもたゆげなるらむ」であるが、これでは読めない。特異的に全集補正のもので示した。]

 

櫻びと小名彦石の温泉に浴せる夜かな湯けぶりのする

 

[やぶちゃん注:「小名彦石の温泉に浴せる夜かな」恐らく「小名彦古」の誤記か判読の誤りか誤植である。「古事記」の国造り際に知恵を貸した神少彦名命(すくなびこなのみこと)は「少名毘古那」などとも表記するからで、彼は常世神であると同時に医薬・温泉・禁厭(まじない)・穀物・知識・酒造・石の神など多様な性質を持つ神であり、ここはその温泉神に引っ掛けたイマージュの表現である。「の」は主格の格助詞である。]

 

美しきぼけの花咲く晝すぎにみや人止むる美しき君

   ――(無題)以下二首、

 

數々の美しびとにとりまかれわれは淚に浴するなりけり

 

ソドム市の門扉の惡しき樂書は硫黃と共にすくみはてしや

   ――(無題)以下二首

 

[やぶちゃん注:全集は「樂書」を『落書』に訂している。採らない。「らくがき」はこうも書くからで誤りではないからである。]

 

黃昏の天の使もかなしけれ鋭き力有つと思へば

 

[やぶちゃん注:「有つ」は「もつ」と訓じていよう。]

 

美しき櫻の戀をする人は薄き情を吹きかけられつ

   ――(無題)以下二首

 

美しや白き櫻の花かげにかくれて君が姿を見れば

 

強情に苦きあまたの事あつめ春おちぶれし人ぞかなしき

 

山吹が黃に苦がき晝空甘し花より空の色好むひと

 

美しや君はさびしきはつ春の夕日の宮の皇子ともがな

 

サムソンの髮を拔くより恐る可き破滅らうたき君にこもれる

 

幾とせか同じ地同じ天を見る我は哀れにけふもさまよふ

 

ああ我はこの戀しさに身をとられいかにせんとす淚こぼるる

 

都には櫻咲くらし眞晝にも大火の如く明りさす見ゆ

 

薄靑く醉へば美しはつ冬の空氣光れり玻璃にわが眼に

   ――以下二首

 

[やぶちゃん注:全集には添書きが欠落している。]

 

新ぼんの戀しく暗き紫の玻璃の牢屋に泣き叫びする

 

葡萄酒のその薄あけに染まりたる人々歩む春の眞晝に

   ――(無題)以下五首、

 

民間の皇子なつかし官居にはとこしへ歸り給はじと思ふ

 

離宮なりわれこそ君の離宮なれかくも思ひて泣き伏せしかな

 

夜更けて薄紫の大橋をわたらんとして心おびゆる

 

街中の疏水の瀧にアーク燈薄靑く照る凄きさびしさ

 

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