ピアノの練習 リルケ 茅野蕭々譯
ピアノの練習
リルケ 茅野蕭々譯
夏は唸り、午後は疲れさす。
彼女は思ひ亂れて新鮮な著物の香をかぎ、
漂ふエチュウドに現實を求める
やるせなさを込めた。
現實は明日にも、その夜にも來るかもしれなかつた。
恐らくは來たのを人が隱したのかも知れない。
そして高い、すべてを持つ窗の前に
彼女は急に氣隨な庭苑を感じた。
其處で止めて、外を見た、
手を組んだ。長い書物が欲しくなつた。
そして急に怒つてヤスミンの匂を
押返した。それが彼女を傷けたことを知つたのだ。
[やぶちゃん注:「エチュウド」原文“Etüde”。フランス語由来の綴り。言わずもがな、練習曲の意。
「氣隨」「きずい」。自分の思いのままに振る舞うこと。好き勝手。「気儘(きまま)」と同義。
「ヤスミンの匂」原文は“Jasmingeruch”。「ジャスミンの匂(にほ)ひ」。シソ目モクセイ科 Jasmineae 連ソケイ(素馨)属 Jasminum
の総称。]
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