(私は折々一人の母にあくがれる。) リルケ 茅野蕭々譯
(私は折々一人の母にあくがれる。)
リルケ 茅野蕭々譯
私は折々一人の母にあくがれる。
白髮に蔽はれた靜かな女に。
その愛に始めて私の自我が花咲かう。
私の魂へ氷のやうに忍入つた
あの荒い憎みもその母には消されよう。
その時我々は寄添つて坐らう。
暖爐には火が靜に鳴るだらう。
私は愛(いと)しい唇の語ることに耳傾け、
平和は茶の瓶の上に漂はう、
ランプをめぐる蛾のやうに。
[やぶちゃん注:本詩は底本校注に、「リルケ詩抄」では、第二連三行目が「私は愛(いと)しい唇の語ることに耳傾け。」に、同四行目が「平和は茶の瓶の上に漂はう。」となっているのを、後の「リルケ詩集」で読点に訂正されたのを受けて、改めた旨の記載がある。私もその訂正に従うこととした。]