戀人の死 リルケ 茅野蕭々譯
戀人の死
リルケ 茅野蕭々譯
死は我々を取つて沈默の中に押入れると
萬人の知ることだけを彼は死について知つてゐた。
しかし彼女が彼から引奪(ひつたく)られはせずに、
そつと彼の眼から解きほどかれ
未知の蔭へ滑り去つたとき、
そして彼方の人々は今
月のやうに彼女の微笑で
彼等の習(ならは)しをよくするのを感じた時、
その時死者たちは彼の知己となつた。
恰も彼女によつて一人一人と
全く近い親戚になつたやうに。
[やぶちゃん注:底本校注によれば、この詩の原詩には十一行目『の後に少し、その後に三行分の一連があると思われるが、『詩集』でも訳出していない。単なるミスか何らかの意図があったかは不明』とある。私はドイツ語を解せないので、これを注するに止める。]