譚海 卷之二 同駒ケ嶽瀑布幷音羽兒が淵の事
同駒ケ嶽瀑布幷音羽兒が淵の事
○京都東山の奧に入(いり)て駒ケ嶽といふ所あり。瀑布あり、瀧壺の石の色赤銅(しやうどう)をのべたる如く、甚(はなはだ)奇石也。佳景の地ゆへ好事(こうず)のもの時々遊山(ゆさん)するに、往々飄風(へうふう)あり、辨當(べんたう)のわりごなど吹(ふき)ちらさるゝ事也。魔所なるよしいへり。又同所の音羽(おとは)のうしろに兒(ちご)が淵といふあり、大佛と淸水寺との際(きは)を三十町ばかり入(いり)て東へ行けば、しし谷(がたに)越(ごし)に出づ、夫(それ)より九十町ばかり奧に有(あり)、魚甚(はなはだ)おほけれども、是をとれば大蛇祟(たたり)をなすとて行(ゆく)人なし。
[やぶちゃん注:「同駒ケ嶽瀑布」「同」は前条の前半の「京白河」を受ける。以下の地理記載から見て、これは現在の山科川を遡ったところにある「音羽の滝」か(ここ(グーグル・マップ・データ)、その東方の小さな沢筋にある「仙人の滝」を指すのではないかと思われる(ここ(グーグル・マップ・データ))。
「音羽兒が淵」淵と称するからには、前注の「音羽の滝」附近であろう。
「駒ケ嶽」不詳。現行のピーク名はこの名はない。前で比定した「音羽の滝」「仙人の滝」附近では、北に「音羽山」、両滝を東に登った滋賀県との境に「牛尾山」、「音羽の滝」の西方に「行者ケ森」というピークがあるから、この孰れかであろう。滝との連関から「牛尾山」か。
「飄風」疾風(はやて)。突風。
「わりご」「破子」「破籠」。食物を入れて持ち運ぶ容器。
「大佛」方広寺。
「三十町」約三キロ二七三メートル。
「しし谷(がたに)越(ごし)」志賀越道(しがごえみち)。京七口の一つである荒神口から近江へ至る街道。
「九十町」約九キロ八百十八メートル。]