谷の響 序 (二種) / 全目録
序
俗間有燈臺基暗之語。謂燈能照他而不能照其基也。今人稱宿學老儒而口徒誦讀西土之卷册。而目未曾見皇國之典籍者比有焉。是卽燈臺基暗之謂也。如吾蘆川畫伯則否。既能通覽西土之卷册亦能披閲皇國之古今。又能探討吾闔境之事實且記錄旃圖畫旃。若此撰亦一班耳。可謂不愧于世俗之所誹者矣。此予所喜以辨一言于篇端也。
庚申仲秋下澣日 石居々士題於樂吾草盧
[やぶちゃん注:筆者「石居居士」(「せききよこじ(せきしょこじ)」)について、底本の森山泰太郎氏の補註には、『津軽藩幕末の儒者兼松誠。字は成言、号は石居。代々津軽藩江戸定府の士で、文化七年江戸本所の津軽藩上屋敷に生まる。長じて昌平黌に入り』、『佐藤一斉に学ぶ。和漢の学を兼ね、藩邸の子弟教育を命ぜらる。安政三年』、『弘前に帰って藩校稽古館督学となり、藩中に経史・風雅の交りを広めた。廃藩後』、『東奥義塾の創設にあずかって人材輩出に努め、また藩史編さんに従事した。明治十年没、六十八歳。魯僊と親交厚く、「魯仙小伝」を草している』とある。平尾より二歳年下である。
以下、まず、我流で書き下す。自信はない。
序
俗間、「燈臺、基(もと)暗し」なる語、有り。謂ふこころは、「燈、能く他を照らすも、其の基(もとい)を照らす能わず」となり。今人(きんじん)、宿學・老儒と稱するも、口、徒(いた)づらに西土(せいど)の卷册を誦讀するのみにして、目、未だ曾つて皇國の典籍を見ざる者、比(こ)れ、有るなり。是れ、卽ち、「燈臺、基暗し」の謂ひなり。吾が蘆川畫伯のごときは、則ち、否(いな)。既に、能(よ)く西土の卷册を通覽し、亦(また)、能く皇國の古今(ここん)を披閲(ひえつ)す。又、能く吾が闔境(かふきやう)の事實を探討(たんたう)し、且つ、旃(こ)れを記錄し、旃れを圖畫す。此の撰も亦、一班のごときのみ。世俗の誹(そし)る所の者に愧(は)ぢずと謂ふべし。此れ、予、一言を篇端に辨ずるを喜びとする所以(ゆゑん)なり。
庚申(かのえさる)仲秋下澣(かかん)の日 石居々士、樂吾草盧にて題す
・「宿學」多年に亙って業績があるとされる学者。以前から名声高くして尊敬されている学者。
・「西土」「もろこし」と訓じてもよい。
・「闔境」総ての時空間。
・「一班」そうした広汎な著述考察の一つ。
・「下澣」月の二十日以降。下旬。
・「樂吾草盧」「らくごさう(そう)ろ」と音読みしておく。自邸の雅号。
自信はないものの、まあ、それなりに自分では意味は採れたと思う。]
天地能内爾有常有流事物、一登而怪不有波無矣。凡人能智持弖伊加弖悉爾知可得劍。然有矣理乎究牟禮婆、阿夜志伎事無那登云閉流學風牛鳴有波、言布二毛不足痴言爾己曾。此爾我學徒平尾魯仙奴斯伊毛呂々々能書乎著波石花流中爾、其怪布架中能一際怪布事矣緊要跡、撰備目頰布事乎毛交兄弖如斯書整閉多流波、啻爾異布有事矣好牟庭有良傳、理乎究牟知布輩能幽事乎不辨、鬼神乎蔑如志神道能奇靈在事乎疎忽爾須流乎驚佐牟常、聞賀麻爾々々見賀麻爾々々鬼二二多流此能書爾社。其乎谷能毘伎跡霜託多流波、空谷能聲乎傳布登加言閉流如久、有賀中爾波不有空言毛交里多良牟加登、心志多流王邪爾己曾阿禮。歡伎加毛此書、勉志加毛此奴斯。
萬延元庚申年九月十三日 鶴舍有節識
[やぶちゃん注:筆者「鶴舍有節」(「つるや・うせつ」)について、底本の森山泰太郎氏の補註には、『幕末津軽の俳人。弘前の商家に生まれ、本名武田乙吉、号』を有節、また、『千載庵。俳諧・和歌をよくし、また国学を好んで安政四年』、『江戸の平田鉄胤に入門し、篤胤没後の門人帳に名を連ねた。著書多く、魯儒とは青年時代から親交を重ね』、『誘掖』(ゆうえき:力を貸して導くこと。)『する点多く、魯僊の生涯に最も大きな影響を与えた人物である。明治四年没、六十四歳』とある。平尾と同い年である。
さても、困った。万葉仮名は大学二年生以来、すっかり忘れている。それでもやらずんば得ず! 我流で書き下したが、どうしても読めない部分は□で囲って太字とし、不審な箇所は□や〈 ?〉で囲っておいた。正しい訓読がお判りの方、是非、御教授あれかし。
天地(あめつち)の内(うち)に有りと有る事物、一(ひとつ)として怪(くわい)有らざるは無し。凡そ、人の智もて、いかで悉(ことごと)くに知り得べけん。然か有る理(ことわり)を究(きは)むれば、あやしき事、無きなど云へる學風むあるは、言ふにも足らざる痴言(たはごと)にこそ。此こに、我が學徒平尾魯仙奴(やつばら)しい、もろもろの書を著はせば、中に、其の怪しきが中の、一際(ひときは)、怪しき事、緊要(きんえう)と、撰(えら)び、目ぼしき事をも交えて、斯くのごとく書き整へたれば、啻(た)だに異(あや)しく有る事、好(この)むにはあらで、理を究むに、知しき〈=知識?〉の輩(うから)、幽(おくぶかき)事を不辨(わきま)へず、鬼神を蔑(さげす)むを志の如くし、神道の奇(く)しき靈(みたま)在(あ)る事を疎忽(そさう)にするを、驚かさむと、聞くがまにまに、見るがまにまに、鬼ににた〈=似た〉る、此の書にこそ。其れを「谷のひびき」としも託(たく)したるは、空谷(くうこく)の聲を傳ふとか言へる如く、有るが中には有らざる空言(そらごと)も交りたらむかと、心したる王邪(おに)にこそあれ。歡(よろこばし)きかも、此の書、勉(まさり)しかも、此の奴(やつばら)し。
萬延元庚申(かのえさる)年九月十三日 鶴舍有節識(しる)す
前の序と同様、自信はないものの、やはりそれなりに自分では意味は採れたと思っている。
以下、目次は全巻一括で示す。]
谷の響 一之卷
目錄
一 沼中の管弦
二 地中の管弦
三 山女
四 河媼
五 怪獸
六 龍尾
七 蚺蛇を播く
八 蛇塚
九 木簡淵の靈
十 虻人を追ふ
十一 鬼祭を享く
十二 神靈
十三 自串
十四 筟子杼を脱れ鷹葉を貫く
十五 猫寸罅を脱る
十六 猫の怪幷猫恩を報ゆ
十七 猫讐を復す
十八 龜恩に謝す
畢
谷の響 二之卷
目錄
一 大章魚屍を攫ふ
二 章魚猿を搦む
三 蛇章魚に化す
四 怪蚘
五 蟹羽を生ず
六 變化
七 海仁草 海雲
八 燕鳥繼子を殺す
九 蝦蟇の智
十 蜘珠の智
十一 夢魂人を嚙殺す
十二 神の擁護
十三 犬無形に吼ゆ
十四 蟇の妖魅
十五 山靈
十六 怪蟲
十七 兩頭蛇
畢
谷の響 二之卷
目錄
一 大骨
二 壘跡の怪
三 壓死
四 震死
五 天狗子を誘ふ
六 踪跡を隱す
七 死骸を隱す
八 異魚
九 奇石
十 化石の奇
十一 巨薔薇
十二 ネケウ
十三 大躑躅
十四 大藤
十五 骨牌祠中にあり
十六 陰鳥
十七 樹血を流す
十八 落馬の地
十九 鬼火往來す
二十 妖魅人を惱す
廿一 妖魅
畢
谷の響 四の卷
目錄
一 蛙 かじか
二 氷中の蟲
三 水かけ蟲
四 大毒蟲
五 狂女寺中を騷かす
六 鬼に假裝して市中を騷がす
七 龍頭を忌みて鬪諍を釀す
八 存生に荼毘桶を估ふ
九 人を唬して不具に爲る
十 戲謔長じて酒殽を奪はる
十一 題目を踏んで病を得
十二 賣僧髮を截らしむ
十三 祈禱の禍牢屋に繫がる
十四 閏のある年狂人となる
十五 半男女
十六 肛門不開
十七 骨髮膿水に交る
十八 奇病
十九 食物形を全ふして人を害す
二十 天狗人を攫ふ
廿一 一夜に家を造る
畢
谷の響 五の卷
目錄
一 羹肉己ら躍る
二 羽交(はがひ)に雄の頸を匿す谷の響
三 皮を剝ぎ肉を截れて聲を發てず谷の響
四 狼の力量幷貒谷の響
五 怪獸谷の響
六 狢讐を報んとす
七 メトチ
八 河太郎
九 沼中の主
十 雩に不淨を用ふ
十一 大蝦蟇 怪獸
十二 石淵の怪 大蟹
十三 蚺蛇
十四 蚺蛇皮
十五 龍まき
十六 旋風
十七 地を掘て物を得
十八 地中に希器を掘る
十九 假面
畢

