石像の歌 リルケ 茅野蕭々譯
石像の歌
リルケ 茅野蕭々譯
誰だ。樂しい生命を捨てる程、
私を愛するのは誰だ。
若し一人が私の爲めに海で溺れると、
私は再び石から解かれて、
生命に、生命に歸るのだ。
私はそれ程鳴り繞(めぐ)る血にあこがれる。
石はほんたうに靜かだ。
私は生命を夢みる、生命は好ましい。
私をば蘇生させる
勇氣を誰も持たないか。
あらゆる最美なものを與へる
生命さへ私が得れば――
―― ―― ―― ―― ―― ―― ――
さうしたら私はひとり、
泣くだらう。石に焦れて泣くだらう。
葡萄酒のやうに熟すとも、私の血が何の役に立たう。
私を最も愛したその一人を
海から呼戻すことは出來ない。
[やぶちゃん注:底本校注によれば、二行目の「私を愛するのは誰だ。」は「リルケ詩抄」では「私を愛するは誰だ。」となっており、後の「リルケ詩集」でかく訂されてあるのを本文では反映した、とする。ここはそれに従った。]