犧牲 リルケ 茅野蕭々譯
犧牲
リルケ 茅野蕭々譯
ああ、お前を知つてから私の體は
總べての脈管から匂高く花咲く。
ご覽、私は一層細つて、一層眞直ぐに歩く。
それにお前は唯〻待つてゐる。――お前は一體誰なのだ。
ご覽、私は自分を遠ざけ、古いものを
一葉一葉に失ふのを感じてゐる。
ただお前の微笑が星空のやうだ、
お前の上に、また直ぐに私の上にも。
私が子供だつた年頃、未だ名もなく
水のやうに輝いてゐる總べてのものに、
私はお前の名をつけよう、聖壇で。
お前の髮で灯ともされ、輕く
お前の乳房で花環をつける聖壇で。
[やぶちゃん注:第一連最終行の「唯〻」は「リルケ詩抄」では「唯」のみ。後の「リルケ詩集」で踊り字が加えられたものを底本は採用している。確かに、ここはその方がよい。唯、その場合、私は敢然「ただただ」と読む。]