甲子夜話卷之三 12 松平加賀守辻番人、心入の事
3-12 松平加賀守辻番人、心入の事
或の話しは、松平加賀守家風は武邊を忘れぬことなり。一日かの辻番の前にて、白刃を拔て騷ぐものありしかば、番人一人出て、棒を以てこれを制す。時に餘の二人、其後に立て見て構はず。其中に一人の者、棒にて白刃を打落し、その者を搦め取たり。往來の人々不審に思て、立居し二人へ、いかに危きことなりしを助け玉はざりしやと問へば、答るには、敵は一人に候。それに多勢かゝりては、初に出し者の武邊に邪魔いたし候ゆへ、構申さずと云たりしとなり。
■やぶちゃんの呟き
「松平加賀守」加賀藩前田(松平)家。「甲子夜話」起筆当時(文政四(一八二一)年)なら、第十一代藩主前田斉広(なりなが)。
「辻番人」狭義には辻番(つじばん)は幕府によって江戸城下の武家屋敷周辺の辻々に置かれた辻番所詰めの警備隊を指す。ウィキの「辻番」によれば、『幕府の負担による公儀辻番(公儀御給金辻番)、大名によって設置される一手持辻番(大名辻番)、いくつかの大名や旗本が共同して設置する組合辻番(寄合辻番)があった。辻番はそれぞれの担当地域を巡回し、狼藉者などを捕らえた。辻番所には昼夜交代で勤務し、番所は夜中も開かれていた』とある。但し、ここは金沢城(現在の金沢市内)の城下の辻番所ともとれないことはないが、往来の庶民が不審がって問うところや、それを敢えてかく書いてこれを称揚するのであれば、やはり江戸のそれであろう。
「心入」心遣い。配慮。心得。
「或」「あるひと」。
「話しは」「はなせしは」。
「一日」ある日。
「白刃」「はくじん」。抜き身の刀。
「拔て」「ぬきて」。
「其後」「そのうしろ」。
「立て」「たちて」。
「構はず」手出しをしなかった。
「其中に一人の者」「そのうちに」最初に立ち向かった「一人の者」が、とうとう。
「打落し」「うちおとし」。
「搦め取たり」「からめとりたり」。
「思て」「おもひて」。
「初に」「はじめに」。
「構申さず」「かまひまうさず」。
「云たりし」「いひたりし」。