豹――巴里の動物園で リルケ 茅野蕭々譯
豹
――巴里の動物園で
リルケ 茅野蕭々譯
格子(かうし)の通り過ぎる爲めに
彼の眼は疲れて、もう何にも見えない。
彼には数千の格子があるやうで、
その格子の後に世界はない。
しなやかに強い足なみの音もない步みは
最も小さな輪をかいて𢌞つて、
大きな意志がしびれて立つてゐる
中心を取卷く力の舞踊のやうだ。
唯をりをり瞳の帷が音もなく
あがる。――すると形象は入って
四肢の緊張した靜さを通つて行く――
そして心で存在を止(や)めるのだ。
[やぶちゃん注:第三連一行目の「唯」は底本では「唯〻」となっているが、これは後の「リルケ詩集」で踊り字が加えられたものを底本は採用しているからである。しかし「唯〻」では「ただただ」と読むのが尋常であるが、ここは「ただ」で読む方が遙かに達意し、「ただただ」では屋上屋で厭味である。「リルケ詩抄」の表記に従い、「唯」のみとした。「唯〻」で「ただ」と読むと主張する向きには全く以って不同意である。なお、「帷」は「とばり」で、瞼(まぶた)の比喩。]