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2016/12/05

谷の響 五の卷 十一 大蝦蟇 怪獸

 

 十一 大蝦蟇 怪獸

 

 金木村に彌六といへるものありけり。稟質(うまれつき)豪毅なるが、兼ねて修驗に由りて九字の印呪など學び得て、寰内(よのなか)に怕きものなしと誇れるとぞ。何(いつ)の頃にか有けん、大澤平の溜池【周圍二里餘】なる竇樋(とひ)破れて堤防(つゝみ)大ひに決壞(くづ)れし事ありけるに、土(ところ)の人ども言ふ、この池の主の出る由緣(ゆゑ)なるべしとあるに彌六が曰、池の統司(ぬし)ならんには池を護りてあるべきに、隨意(わがまゝ)に堤防を壓壞(おしやぶ)り、吾曹(とも)に不意(ゆくりな)き勞煩(わづらひ)を被負(おはす)ることいと憎き奴なり。活(いか)しておくべきものに非ず。いでいで其統司を捕獲(とらへ)んとて、腰に緒索(をなは)を繰着(くゝりつ)け引かば曳けよと言ふて、樋の壞門(やぶれ)の漲水賁激(みなぎりたける)中心(たゞなか)に躍沒り幾乎(しばらく)水底に在けるが、いと巨大(おほ)きなる蝦蟇を捉へて浮み出たり。その蝦蟇の大さ居丈二尺に餘りて、兩の眼金色を帶びて嗷々(ごうごう)と咽喉を鳴らし、搖動(うごき)もやらず座したるはしかすがにこの池の主とも想像(おもひやら)れて、看(みる)もの舌を卷しとなり。さるに彌六は此を殺さんとて鉞をもて立向ひたるに、衆々(みなみな)後の祟害(たゝり)あらんといふておし歇(とゞ)めて、舊の池に放下(すて)しとなり。

 又、この彌六一日(あるひ)同志(とも)のもの兩三輩(にさんにん)と、金木村の山中大倉ケ嶽の溪流(さは)に漁獵(すなどり)して有けるが、迥(はるか)の水源(みなかみ)より白浪高く發(おこ)りて矢を射る如くに下りしが、傍なる淵灣(ふち)に至りて其浪啓(ひら)くと見るうち、ひとつの物の小狗(いぬ)の如きが現はれて、頭の上に兩(ふたつ)の角を載き眼圓くしていと光れるが、毛みな黃紅にして虎文(とらふ)のごとき黑き文あるものなるが、此方を白睨(にらみ)て直に淵の底にぞ沈沒(しづみ)けり。伴侶(とも)のものどもは恐怖(おそれ)を爲して逃皈らんとすれど、彌六は更に物の屑とも爲さず、却てこれを捕獲んと淵頭(ふちのほとり)に座を占て、印を結び呪を念じ其まゝ淵中(ふち)に躍り入り、聊且(しばらく)ありて浮み出て言へらく、遍く水の中を搜るといへども手に遮るものつやつやなし。さはれ此淵より外に住むべき處なければ日を累ねても捕ふべしとて、伴侶の者を賴みそが家より米と鍋とを取り賦(くば)らせ、自ら炊き食ひて六日が間家にも歸らず淵の中を窺しかど、遂に見る事なくして止みたりけりと。こは金木村の坂本屋仁三郎といへるものゝ語りなり。

 

[やぶちゃん注:「大蝦蟇」「おほがま」と読んでおく。本邦の主に北部(東北地方から近畿地方及び島根県東部までの山陰地方北部)に自然分布する固有亜種である両生綱無尾目ナミガエル亜目ヒキガエル科ヒキガエル属ニホンヒキガエル亜種アズマヒキガエル Bufo japonicus formosus であろうが、同種は大型個体でも体幹全長二〇センチメートル程度で、こんなに大きい(「居丈二尺」「居丈」とは蹲った背までの高さであろう。それが「二尺」=六〇センチメートルとなると、体幹全長は一メートルはあろう)もあるというのは、かの「自来也」の世界で、こんな実在個体はまず考え難い。魚類ならまだしも、両生類でこの体型ではおよそ自重を支え切れず、自滅してしまうからである。

「怪獸」後者のそれは「小狗」(こいぬ)程度の大きさで、水中より出現し、淵の底に潜って姿を消している頭部上方に目立つ二本の角を有し、眼はまん丸で、毛は全体が黄褐色で虎斑(とらふ)に似た黒い紋があるとある。これを「彌六」(やろく)は出現と退去が水中であったことから完全な水中生物と認識して探索しているのであるが、これは、幾つかの特徴から見て、哺乳綱ネコ目イヌ亜目イタチ科イタチ亜科テン属テン亜種ホンドテン Martes melampus melampus の可能性が高いように思われる。ウィキの「テン」によれば、同種の体毛は『夏季は毛衣が赤褐色や暗褐色で、顔や四肢の毛衣は黒、喉から胸部が橙色、尾の先端が白い(夏毛)』。『冬毛は毛衣が赤褐色や暗褐色で頭部が灰白色(スステン)か、毛衣が黄色や黄褐色で頭部が白い(キテン)』である(下線やぶちゃん)。眼も黒く真ん丸で、顔面前部が白いために一際、際立って見える。頭上に二本の「角」があるとするが、テンが渓流を上流から索餌行動をとって来て水に濡れた場合、頭部左右に有意に突き出た尖った耳介は、より尖って見え、角と見間違えたとしてもおかしくない。但し、虎斑があるというところはテンらしくはなく、単に野生化した大型の猫ともとれぬことはない。しかし、やはりテンが水に濡れて不均等に毛羽立った場合、それが虎斑に見えぬとも限らぬようには感ずる。個人的にはテンは水に濡れるのは好まないように思われるが、何か、より大きなクマなどの獣に追われて逃げていたものかも知れぬ。さすれば、濡れ鼠であったこと、危機意識から耳がよりピンと角の如くに立っていたこと、人を見て新たな脅威を覚えて淵に飛び込んだこと(向こう岸に逃げ去ったのであろう)などが総て説明出来るように思うのである。

「金木村」底本の森山氏の別な補註に、『北津軽郡金木(かなぎ)町。津軽半島中央南部の中心地。元禄十一年金木新田の開発に着手した』とある。現在は五所川原市金木町(ちょう)。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「修驗に由りて」山伏に教えを乞いて。

「九字の印呪」「くじのいんじゆ」は、本来は「九字護身法(くじごしんぼう)」と称する本邦の密教が依拠する経の一つである「大日経」の実践法として知られる「胎蔵界法」に於ける「成身辟除結界護身法」が、誤った形で民間に流布し、種々の宗教や民間信仰の考え方と習合、山伏らが自然の猛威や種々の災い・変化(へんげ)の物の怪から護身するものとして使うようになった呪術法の一つである。ウィキの「九字護身法」によれば、『もとは印契の符牒(隠語)であった文字が、道教を源とする「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」』の九文字『から成る呪文「九字」に変化し、それに陰陽道の事相である』「六甲霊壇法」なるものと『組み合わされて今日に知られるような「四縦五横」の九字切り等の所作を成立させて発展したとされる日本の民間呪術である』とある。

「怕き」「こはき」。

「大澤平の溜池【周圍二里餘】」恐らくは現在の青森県鶴田町廻堰(まわりぜき)にある廻堰大溜池(おおためいけ:「津軽富士見湖」とも呼ぶ)のことと思われる。ここ(グーグル・マップ・データ)。これは万治三(一六六〇)年に津軽藩主津軽信政によって西津軽の新田開墾の灌漑用水源として築造された人工の溜め池で、現行の堤の全長は実に延長四・二キロメートルに及び、これは『日本最大の長さである』とウィキの「津軽富士見湖にある。しかも、私が現在の池岸の周囲を実測して見たところ五キロメートルはあり、作られた当初の形状や周囲へ湿潤した浅瀬などの存在の可能性を考るならば、昔のこの溜め池の全周が現在よりも三回(八キロ余り)りほども広かったとしても不自然ではないと思われる。何より、ここの西部沿岸の字地名には「大沢」が現存するのである。金木からは南南西に十六キロメートルほど離れてはいる。しかし、任侠を旨とし、意気に感ずる剛毅の弥六が、そこの決壊に駆けつけたとしても少しもおかしくない距離であると私は思う。

「竇樋(とひ)」二字へのルビ。樋。ここは土掘りした人工の水路。

「吾曹(とも)」「わがとも」。私と同じい庶民の謂いであろう。

「不意(ゆくりな)き」思いがけない。不意の。突然の。

「勞煩(わづらひ)」二字へのルビ。

「引かば曳けよ」繩が急激に引かれた場合には、それを儂(わし)の合図と見做して、皆して力一杯曳け、の意。

「漲水賁激(みなぎりたける)」四字へのルビ。動詞として訓じている。

「躍沒り」「をどりいり」。

「幾乎(しばらく)」二字へのルビ。

「水底」「みなそこ」。

「在けるが」「ありけるが」。

「巨大(おほ)きなる」二字へのルビ。

「嗷々(ごうごう)と」「嗷」は正確には歴史的仮名遣では「ガウ」(現代仮名遣なら「ゴウ」)が正しく、意味は「騒々しいさま・声の喧(かまびす)しいさま」で「囂囂(ごうごう)」と同義であるが、ここは寧ろ、オノマトペイア、擬音語と採った方がリアルである。

「搖動(うごき)」二字へのルビ。

「しかすがに」(化け物並の大きさの畜生たる蝦蟇(がまがえる))とは言うものの。

「鉞」「まさかり」。

「舊」「もと」。

「大倉ケ嶽」五所川原市金木町川倉の大倉岳。標高六百七十七メートル。(グーグル・マップ・データ)。直線で金木の東北十キロメートルほどの位置にある。

「漁獵(すなどり)」川漁。

「其浪」「そのなみ」。

「黃紅」「きあか」と訓じておく。

「文」「もん」。紋。

「此方」「こなた」。

「白睨(にらみ)て」二字へのルビ。

「直に」「ぢきに」。

「逃皈らん」「にげかへらん」。

「屑」「くず」。

「聊且(しばらく)」二字へのルビ。

「遍く」「あまねく」。

「手に遮る」「てにさへぎる」。水中で淵であるから、視認よりも触診である。

「つやつや」全く。

「さはれ」そうは言っても。

「取り賦(くば)らせ」それぞれの者の家にある「米」や「鍋」などを少しずつ分担させて持ってきて貰い。無論、以下は、彼が単独で実に六日間に亙って淵の中を隅から隅まで探索したのである。

「窺しかど」「うかがひしかど」。]

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