ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 大人國(7) 猿にからかはれて(Ⅱ) 現行通行本に存在しない「牛の糞」パートが存在した!!!
これも〔なかなか〕〔は〕面白かつたのが、〔かつたとも、〕癪にさわつたと〔も〕いふのか、〔けることなのですが、〕とにかく、私が一人で步いてゐると、小鳥でさへ〔、〕私を怖がらないのです。まるで〔、〕人がゐないときと同じやうに、〔私から〕一ヤードもない近い〔ところを、〕平氣で、蟲や餌を探して〔、〕跳びまはつてゐました。ある時など、一羽のつぐみが、〔これは〕実にずうずうしいつぐみで、私がグラムダルクリツチから貰つた菓子を、ひよいと、私の手から浚つて行つてしまひました。捕へてやらうとすると、相手は却つて私の方へ立ち向つて來て〔、〕指を啄かうとす〔し〕ます。〔それで〔、〕〕私が指をひつこめると、こんどは〔、〕平氣な顏をして〔で〔、〕〕蟲や蝸をあさり步いてゐるのでした。
[やぶちゃん注:「一ヤード」九十一・四四センチメートル。
「つぐみ」原文は“thrush”。スズメ目スズメ亜目スズメ小目ヒタキ上科ツグミ科 Turdidae のツグミ類の総称であるが、ここはツグミ属 Turdus まで絞ってよかろう。
「啄かう」「つつかう」。
「蝸」ママ。「蝸牛」の脱字であろう。現行版では「かたつむり」とひらがな書きである。]
だが、ある日たうとう〔、〕私は太い棍棒を持ち出して、一羽の紅雀めがけて〔、〕力一ぱい投げつ■けると、うまく命中して〔、〕相手は伸びてしまひました。〔で〕〔■〕早速〔、〕首の根つ子をつかまへ、乳母のところへ〔、〕喜び勇んで〔、〕持つて行かうとしました。
[やぶちゃん注:「紅雀」スズメ目カエデチョウ科ベニスズメ属ベニスズメ Amandava amandava であるが、本種は北アフリカ・中東・インド・中国南部を含む東南アジアに分布する鳥で、ちょっと怪しい気がした。そこで、原文を見ると、ここは“linnet”で、これはスズメ目スズメ亜目ズメ小目スズメ上科アトリ科ヒワ属ムネアカヒワ Carduelis cannabina を指すことが判った。同種はヨーロッパ・西アジア・北アフリカに分布する。ウィキの「ムネアカヒワ」によれば、『スリムな鳥で、長い尾を持つ。上半分は茶色で、喉は汚れた白色、嘴は灰色である。夏季の雄は首筋が灰色、頭の斑点と胸は赤色である。雌や幼鳥には赤色はなく、下半分が白色で胸には淡黄色の筋がある』とある。グーグル画像検索「Carduelis cannabina」をリンクさせておく。ああっつ! 確かに! 「紅」の「雀」だ!]
ところが〔、〕鳥は一寸目をまはして氣絶してゐただけ〔なの〕で、ぢきに元氣を取りもどすと、〔兩方の〕翼で、私の頭をポカポカなぐりだしました。爪で引つかかれないやうに、私も〔は〕持つて〔手は〔を〕ず〕つと前へ伸〔のば〕して〔、〕持〔つ〕かまへてゐたのですが、よつぽどのこと、で〔もう〕放してしまはうかと思つたのです。しかし、そこへ私の〔、〕召使の一人がかけつけて來て、鳥の頸(クビ)をねぢ切つてしまひました。そして翌日、私は〔私は〕王妃の
晩餐〔■〕に〔で〕その〔それ〕■〔を〕〔御馳走してもらつて〕食べました。
[やぶちゃん注:「私の頭を」現行版は『私の顔を』となっている。
「そして翌日、私はそれを御馳走してもらつて食べました。」現行版は『そして翌日、私はそれを料理してもらって食べました。』となっている。]
王妃は、私から航海の話を〔■〕聞いたり、また私が陰氣にしてゐ〔たりす〕ると、〔いつも〕一生■〔しきり〕に慰めて下さるのでしたが、ある時、〔ある時〕からおたづねになりました。〔私に、帆やオールの使ひ方を〕知つてゐるか、少し舟でも漕いでみたら〔、〕健康によくはあるまいか、とお尋ねになりました。私は〔、〕普通の船員の仕事もしたことがあるので、帆でも櫂オールでも使へます〔、〕とお答へしました。だが、この國の船ではどうしたものか、それはちよつとわかりませんでした。一番小さい舟でも私たちの國の第一流軍艦ほどもあるので、私に漕げさ〔るや〕やうな船は〔、〕この國の川に浮べられさうもないのです。〔ありません。〕しかし王妃は〔、〕私が〔ボートの〕設計をすれば、お抱への指物師にそれを作らせ、私の乘り𢌞す場所もこさへてあげる〔、〕と言はれました。
[やぶちゃん注:「私に漕げさ〔るや〕やうな船」はママ。現行版では『私に漕げるような船』である。]
その〔そこで、〕器用な指物師は〔が、〕私の指圖にしたがつて、十日かかつて、一艘〔隻〕の遊覽ボートを造り上げました。船具も全部揃つてゐて、ヨーロツパ人なら八人は乘れるる〔さうな〕ボートでした。それが出來上ると〔、〕王妃は非常に喜び、そのボートを前掛に入れて〔、〕國王の所へ駈けつけました。國王は〔、〕先づ試めしに〔、〕私をそれに乘せて〔、〕水桶に水を一ぱい張つて浮かせてみよ〔、〕と命じられました。しかし〔、〕そ〔こ〕の水桶〔で〕は狹くて、うまく漕げませんでした。
ところが〔、〕王妃は〔、〕〔ちやんと〕前から〔、〕別の水槽を考へてゐられたのです。指物師に命じて〔、〕長さ三百呎、幅五十呎、深さ八呎の、〔木の〕箱を造らせ、水の漏らないやうに〔、〕うまく目張りして、宮殿の部屋の壁際に置かせられ〔いてあり〕ました。〔そして、〕水は〔、〕二人の召使が〔、〕半時間もかかれば直ぐ一杯にすることができます。そして、その箱は〔の〕底に〔は〕栓があつて、水が古くなると拔けるやうになつていました。
[やぶちゃん注:この部分の後半は最初、
*
〔そして、〕その箱は〔の〕底に〔は〕栓があつて、水が古くなると拔けるやうになつていました。水は〔、〕二人の召使が〔、〕半時間もかかれば直ぐ一杯にすることができます。
*
と書いたものを『次ノ行ト入レカヘ』と指示してあるのに従って、私が書き直したものである。
「長さ三百呎、幅五十呎、深さ八呎」長さ九十一・四四メートル、幅十五・二四メートル、深さ二メートル四十四センチメートル弱。]
私はその箱のなかで〔を漕ぎ𢌞つて、〕自分の氣晴しをやつ〔り〕、王妃や女臣達を面白がらせました。彼女たちは〔、〕私の船員ぶり〔姿〕に〔を〕すつかり〔たいへん〕喜びます。それに時々、帆を揚ると、女官たちが扇で煽り〔風を〕送つてくれます。私はただ舵をとつてゐさ〔れ〕ばいいわけでした。彼女らが〔煽ぐのに〕疲れると、今度は侍童たちが口で帆に〔を〕吹くのです。すると、私はおも舵〔を引いたり〕、とり舵を引いたりして、〔思ふままに〕乘りまわすのでした。それがすむと〔、〕グラムダルクリツチは〔、〕いつも私のボートを自分の部屋に持〔つて〕帰り、釘にかけて干かすのでした。
[やぶちゃん注:「女臣」はママ。現行版では『女官』となっている。
「かけて」の「か」は「閑」の崩し字である。]
この水箱は〔、〕三日おきに水を替へることになつていましたが、ある時、水を替へる役目の召使が、うつかりしてゐて、一匹の大蛙を〔、〕手桶から流しました〔一緒に流しこんで〕しまひました。はじめ〔、〕蛙はじつと隱れてゐたのですが、私がボートを〔に〕乘りこむと、うまい休み場所が出來たとばかりに、ボートの方に匍ひ上つて來ました。船はひどく一方へ傾くし、私はひつくり返らないやうに、〔その〕反對側によつて〔、〕うんと力を入れてゐなければなりません。
いよいよボートの中に入りこんでくると、今度は〔一とびし〕ボートの長さの半分ぐ〔いきなりボートの半分の長さ〕をひよいと跳びこし、それから私の頭の上を前や後へ頻りに跳び越えるのです。そしてその度に〔蛙は〕あの厭な粘液を、私は〔の〕顏や着物に塗りつけま〔るので〕す。その顏つきの大きなことといつたら、こんな醜い動物が世の中にあるか〔ゐたのか〕と驚かされます。しかし私が竿
櫂〔オール〕の一本を取つて暫く打ちのめしてやつてゐるうちに、蛙はと〔た〕うと〔た→と〕う、ボートから跳び出してしまひました。
私がこの國で〔、〕一番あぶない目にあつたのは、宮廷の役人の一人が飼つてゐた〔、〕猿が〔、〕〔私に〕いたづらしたときのことです。■ あの時、〔ある日、〕グラムダルクリツチは、用があつて〔たしに〕出かけて行くので、〔箱のなかの〕私〔の箱〕を自分の部屋に入れて〔、〕鍵を下ろしておきました。大變暑い日でしたが、部屋の窓は開け放しになつてをり、私の住まつてゐる箱の戸口も窓も、開い〔たままになつ〕てゐました。〔(私が)〕机に向つて靜かにものを考へてゐた〔る〕とき〔、〕部屋〔何か〕窓から何か〔跳び〕込んで、部屋の中をあちこち步き𢌞るやうな音がするのです。私はひどく驚きましたが、じつと椅子に座つたまま、〔それを〕見てゐました。
[やぶちゃん注:「私の住まつてゐる箱の戸口も窓も、開い〔たままになつ〕てゐました」は現行では『私の住まっている箱の戸口も窓も、開け放しになってました』である。
「〔(私が)〕机に向つて」ここはママ。特異点で、挿入記号ではなく、マスの右に丸括弧附きでかく書かれてある。現行は『私が机に向って』で「私が」は地の文で生きている。]
今、部屋に入つて來た猿は、いゝ氣になつて、跳ね𢌞つてゐるのでした。そのうちに、〔たうとう〕猿は私の箱のところへやつて來ました〔ると→ました〕。彼は〔彼は→彼は〕その箱がさも珍しいものか〔この箱がよほど氣に入つたのか〕、さも嬉し〔面白く珍し〕そうに戸口〔戸〕や窓から〔、〕いちいち■覗きこむのです。私は箱の一番奧の隅へ逃げ込んでゐましたが、猿が四方からのぞきこむので、怖くて〔たまりません。〕すつかりあわててゐました。〔たので、〕ベツトの下に隱れることにも氣が〔の〕つかな〔づかな〕〔づきま〕せんでした。〔がつかなかつたのです。〕〔しばらく〕猿は覗いたり、齒を剝き出したり、ベチヤベチヤ〔ムニヤムニヤ〕喋舌つたりして〔ていまし〕たが、たうとう私の姿を見つけると、丁度あの猫が鼠にするやうに、戸口から前足を片方突出し〔前足を
片手 片〔手→方〕を伸して來ま〕した。しばらく私はうまく避けまはつてゐましたが〔たのです〕が、〔たうとう〕上衣の垂〔れ〕をつかまれて、引きずり出されました。
彼は私を右手で抱き上げると、丁度あの乳母が子供に乳房をふくませるやうな恰好で私を抱へました。〔私が〕あがけばあがくほど、〔猿は〕強くしめつけるので、これは〔、〕じつとしてゐた方がいいと思ひ〔氣→思ひ〕ました。■〔一〕方の手で〔、〕猿は何度も〔、〕やさしげに私の顏を撫でてくれます。それはきつと〔てつきり〕私を〔同じ〕猿の子だと間違つてゐるらしいのでした。〔感ちがひしてゐるのでせう。〕〔かうし〕て〔、〕彼がすつかりいい氣持になつてゐるところへ、突然〔、〕誰か部屋の戸を開ける音がしました。すると〔、〕彼は急いで窓の方へ駈けつけ、三本足でひよいひよい〔ひよこ→とつとと→ひよいひよい〕と步きながら、一本の手では私を抱いたまま、樋をつたつて、とうたう隣の大屋根〔まで〕攀ぢ上つてしまひました。
[やぶちゃん注:「三本足でひよいひよい〔ひよこ→とつとと→ひよいひよい〕と步きながら」かなりオノマトペイア(擬態語)に苦労しているあ、現行決定版では実はここでは抹消されている『とっとゝ』が採用されている。
「とうたう」はママ。民喜はしばしばこの歴史的仮名遣を誤って直しており、特異的に苦手だったことが窺える。]
私は猿が〔この〕私をつれて行くのを見て〔ると〕、グラムダルクリツチはキャツと叫びました。彼女は氣狂のやうになつてしまひました。それからあたり
は〔宮廷すら〔も→も→は上を〕〔すつかり〕〕〔間もなく宮廷は〕大騷ぎになりました〔つたのです〕。召使は梯子を取りに駈け出しました。猿は屋根の上に腰を下すと、まるで赤ん坊のやうに片手に私を抱いて、もう一方の手〔頰の顎の袋か〕ら何か吐き出して、それを私の口に押込んで〔まう〕とします。
〔そして今、〕屋根の下では數百人の人々が、この光景を見上げてゐます。〔るのでした→るのです。〕私が食べまいとすると、猿は〔母親■が子を〕あやすやうに〔、〕〔私を〕輕く叩き〔ました〕ます〔くのです〕。それを見て〔、〕下の群衆はみんな笑いだしました。實際〔、〕これは誰が見ても馬鹿馬鹿しい光景だつたでせう。なかには猿を追ひはらうと〔は〕〔ふつも〕りで、石を投げるものもゐましたが、これはすぐ禁じられました。
やがて梯子をかけて、數人の男が登つて來ました。猿はそれを見て、いよいよ囲まれたとわかると、三本足では走れないので、今度は私を棟瓦の上に〔殘して〕おいて、ひとりでさつと逃げてしまひました。私は地上三百ヤードの瓦の上にとまつたまま、今にも風に吹き飛ばされるか、眼がくらんで墜ちてしまふか、と■〔まる〕で生きた心地はしませんでした。が、そのうちに乳母さん召使の一人が、私をズボンのポケツトに入れて〔、〕無事に下まで降してくれました。
私はあの猿が〔私の咽喉に〕無理に押込んだ何か汚い食物で、息がつまりさうでした。しかし私の乳母が小さい針で一つ一つそれをほじくり出してくれたので、やつと樂になりました。だがひどく私の〔身躰は→が〕弱つてしまひ、あの動物に抱きしめられ〔てゐ〕たため〔、〕兩■〔脇〕が痛くてたまりませんでした。私はそのため二週間ばかり〔病〕床につきました。王、王妃、そのほか、宮廷の人たちが、毎日見舞に來てくれました。〔そして、あの〕猿は殺され〔、〕ました。〔そして〔これからは〕〔、〕今後は〕〔今後〕こんな動物を宮廷で飼ふ
ふつてはいけないことに〔ならないこ〕〔りま〕した。
[やぶちゃん注:末尾はママ。現行は『飼ってはならないことになりました』。]
〔さて、私は〕病氣が治ると〔ると、私は〕王にお禮を申上げに行きますと、〔く→きました。〕
〔すると〕王はおもしろ〔うれし〕さうに、今度のことをさんざおからかひになります。〔るのでした。〕猿に抱かれてゐた間どんな氣持がしたか、あんな食物の味はどうだつたか、どんなふうにして食べさすのか、などとお尋ねになります。そして、
「あんな場合、ヨーロツパではどうするのか」と王は御たづききになりました。そこで、〔私は、〕
「ヨーロツパには猿などゐません。ゐてもそれは物好きが遠方から捕つてきたものです〔、〕そんなものは実に可愛らしい奴です。それは〔んなの〕なら十匹や十五匹一緒〔十二匹ぐらい束〕になつてやつて來ても私は片付けてしまひます。〔負けはしません。〕先日〔こないだ〕の
あの〔なに、■〕此の間のあの恐ろしい〔大きな〕奴だつて、あれが私の部屋に片手を差込んだ時、〔あの時〔も〕私はじつとしてゐたのですが、もと〔平氣だつたのです。〕〕私がほんとに怖いと思つ〔のなら〕たら、〔この〕短劍で叩きつけたでせう〔ます〕。さうすれば、な■■〔すぐに〕相手に傷ぐらい負はせて、〔す■ぐ〕手を引つこめさせたでせう。」と、私はきつぱりと申し上げました。けれども私の話は〔そのこと〔は→に〕〕、
けれども、みんなは私のそのことに、みんなは〔→どつと〕噴きだしてしまひました。〔その〕側にゐた人人まで、愼みを忘れて、ゲラゲラ笑ひだすのでした。これで私はつくづく考へました。はじめから問題にならないほど差のある連中のなかで、いくら自分を立派に見せようとしても、それは無駄駄目だといふことがわかりました。
[やぶちゃん注:以上の猿から救助された後のパートはかなり原稿に苦渋した感じが見てとれる。以下に現行版を示す。
*
病気が治ると、私は王にお礼を申し上げに行きました。王はうれしそうに、今度のことをさんざ、おからかいになるのでした。猿に抱かれていた間どんな気持がしたか、あんな食物の味はどうだったか、どんなふうにして食べさすのか、などお尋ねになります。そして、あんな場合、ヨーロッパではどうするのか、と言われます。そこで、私は、
「ヨーロッパには猿などいません。いてもそれは物好きが遠方からつかまえて来たもので、そんなものは実に可愛らしい奴です。そんなのなら十二匹ぐらい束になってやって来ても、私は負けません。なに、この間のあの大きな奴だって、あれが私の部屋に片手を差し込んだとき、あのときも私は平気だったのです。私がほんとに怖いと思ったら、この短剣で叩きつけます。そうすれば、相手に傷ぐらい負わせて、手を引っ込めさせたでしょう。」
と、私はきっぱり申し上げました。
けれども、私の言うことに、みんなはどっと噴きだしてしまいました。これで私はつくづく考えました。はじめから問題にならないほど差のある連中の中で、いくら自分を立派に見せようとしても駄目だということがわかりました。
*]
[やぶちゃん注:驚くべきことに、以下の★で挟んだ太字にした部分は、現行版には全く存在しない貴重なパートである。]
★
私は每日何か一つは笑ひの種にされてゐたやうな■のです。グラムダルクリツチなども私を非常に可愛がつてはくれましたが、やはりちよつと意地わるなところがあり、私が何かヘマをやると、〔これはいい笑■〕それをすぐ王妃らに云ふのです。一度など、郊外へ馬車で氣晴しに行つた時のことですが、野原の小徑で馬車をとめると、グラムダルクリツチは私を箱から出して、外に地面へ下してくれました。
私は〔が〕ぶらぶら步いて行くと丁度道〔のまんなか〕に牛の糞が一つありました。私は身輕いそれを飛び越さうとしたのですが、生憎、牛糞の眞中にスツポリと嵌つてしまひました。やつと〔そこから〕這ひ出しては來ましたが、身躰中汚れた〔くると、從僕■の男がハンケチ→は來ましたが、身躰中〔汚れてゐました。→汚物だらけです。〕〕從僕がハンケチできれいに拭いてくれましたが、乳母は家に帰るまで私を箱の中に押しこめてしまひました。ところがそ〔こ〕の話はすぐ王妃の耳に入る〔り〕、それから從僕がみんなに喋つて𢌞るので、〔つたのです。〕〔それは〕大変でした。
四五日というもの、〔この話は〕みんな〔は■■■〕大笑いで〔の種にされま〕した。
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