小穴隆一「鯨のお詣り」(67)「子供」(6)「地震」
地震
子供の時靑瓢簞(あをべうたん)と人に言はれた。またこの靑瓢簞は靑瓢簞なるとともに存外の臆病者であつたのである。
或る晩のこと、ふと目をさますと大頭の大(おほ)どろばうが唐紙の䕃に蹲(うづくま)まつて、こちらの部屋の樣子をぢつとみてゐる。敷居のところに大きな顏を半分出してゐるのである。私はいつしよに寝てゐる父を起こすこともできずに、蒲團のなかにぴつたりとなつたまま、掛蒲團の橫の下から大頭の人間をそうつと見つめてゐた。すると家が搖れだした。私はどろばうが家(いへ)を搖すぶつてゐるのだと思つたから、一層默つたまま蒲團にしがみついてゐた。すると父が大聲で私の名を呼立(よびた)てて、蒲團をはぎとつて私を引立(ひきた)てた。夜の明け方の地震であつたのである。大頭の大どろばうは家の提燈(ちやうちん)であつた。
私はこはがつても、泣くとか、聲をたてるとかといふことはしなかつた。非常にこはいと思つた時には敷蒲團の偶に潜つてゐた。
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