小穴隆一「鯨のお詣り」(25) 「二つの繪」(14)「子に對する」
子に對する
(「三人の子供のためにも自分は死ねない。」と言ふのは彼の夫人である。)
三人の男の子等に對して彼は――
少なくとも彼の鵠沼に於いては、この答へに充分である自分を僕は持たない。――三人の子は各(おのおの)その父の父性を感じるには歳(とし)ゆかず、さうして彼は、未だ三十五歳にすぎなかつた彼は、海のものとも山のものともつかぬその子等に對して近代の父でしかなかつた、と言つては惡いであらうか。彼は、就中(なかんづく)その末子(ばつし)也寸志については、
「自分が死んだら君にやるよ。」
と、言つてゐた。
砂の上をよく元氣にころがり這つてゐたあの赤坊(あかんぼう)、(しやうがないお父さんだなあ。)と呼びかけずにはゐられない氣持ちで僕が可愛(かはい)がつてゐたその也寸志君である。
[やぶちゃん注:前二章と同様に「二つの繪」の「妻に對する、子に對する、」という章題で纏めたものの一部の原型。]
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