小穴隆一「鯨のお詣り」(16) 「二つの繪」(5)「もしも」
もしも
[やぶちゃん注:以下、下線を引いた「Sの子供=芥川龍之介の種」の部分は、底本ではそこだけが横書になっていることを示したものである。]
もしもここに人あつて、似てゐることだけは彼が認めてゐたその一事(じ)に、直(すぐ)に僕が、?をそのままにどこまでも、Sの子供=芥川龍之介の種 として考へてゐると思ふのならば、その人は×××女人が他の何等(なんら)××××××の、――女人はをりふし滑稽にも××なしに忌嫌(いみきら)ふ男の容貌にさへ似た者を産む場合がある。この一事(じ)を忘れてゐるのであらう。
もしも彼を知る人々が、相州鵠沼海岸伊(い)二號、彼の「O君の新秋」のO君の家(いへ)、その家の庭に、猫のやうになつてはいつて行つた彼が、松の枯葉や松ぼくりを搔き集めては幾册かの大學ノートを燒きつづけてゐた、それを見てゐたとすれば、‥‥
田端から持つてきた彼のその昔のノートは? O君は知らない。
顏をほてらしてゐる彼をみて見ぬふりして手傳はずに、默つて、O君は一人(ひとり)部屋(へや)の中(なか)に彼を待つてゐた。
[やぶちゃん注:前章で述べた通り、これは後の「二つの繪」版では独立章とならず、全面的に書き換えられた「□夫人」に吸収されている。
「S」秀しげ子。前章末参照。
「その人は×××女人が他の何等(なんら)××××××の、――女人はをりふし滑稽にも××なしに忌嫌(いみきら)ふ男の容貌にさへ似た者を産む場合がある」伏字を再現出来難い。但し、「二つの繪」版「□夫人」に『滑稽にも女人にはをりふし、交合のない、忌嫌ふ男の容貌にさへ似た者を産む場合さへある』とあるから、これは例えば、
その人は、或種の女人が他の何等、関係のない男の、――女人はをりふし滑稽にも交合なしに忌嫌ふ男の容貌にさへ似た者を産む場合がある
といった謂いであろうか。
「O君の新秋」大正一五(一九二六)年十一月発行の雑誌『文藝春秋』に発表した芥川龍之介の小品。これ。「O君」は無論、小穴隆一自身のこと。]
« 小穴隆一「鯨のお詣り」(15) 「二つの繪」(4)「S女史」 | トップページ | 小穴隆一「鯨のお詣り」(17) 「二つの繪」(6)「宇野浩二」 »

