小穴隆一「鯨のお詣り」(76)「一游亭雜記」(7)「襁褓」
襁褓
實の子供を生んで育てて、夫と子供二人計三人を同時に失つた母親が口をとんがらせて言ひつのつた。
「このおしめだつてさ、かう天日(てのぴ)で乾(かはか)したのと炭火で乾したのとでは違ふんだよ。お前達は子供を産んだことがないから知らないだらうが、お母さんなんぞはさんざんためしてきたんだからね。」
すると、もうやがて年頃の娘が突如としてその母親を詰(なじ)つた。
「あら、さう、お母さんはわたしをためしに使つたの?」
母親はふてくされてしまつた。
「ああ、さうさ、お母さんの言ふことは、みんないろいろにためしてきたことなんだからねえ」
娘の顏は蒼ざめて既に大人である表情を現はしてゐた。
[やぶちゃん注:「襁褓」私は「むつき」と読みたくなるが、ここは本文に即して「おしめ」と読んでいよう。]
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