小穴隆一「鯨のお詣り」(82)「一游亭雜記」(13)「ミコチヤン」
ミコチヤン
ミコチヤンが家(うち)の前を行き過ぎると、「おい、赤坊(あかんぼう)が通るよ。」ミコチヤンが垣根のそとに立つてゐると、「おい、赤坊がゐるよ。」と私は女房に呼ばはる。また、ミコチヤンも女房に逢ふ度(たび)ごとに何時(いつ)も、「ヲヂチヤンナニシテヰル。」と聞くといふ。しかし、ミコチヤンは何時(いつ)となく私を避けてゐるのである。さうなつてからの一日(にち)、私の晩めしの前に坐つていつしよに食事をするミコチヤンの顏に、私はミコチヤンを認めたのである。私は臺所の女房に、「おい、赤坊は赤坊といはれるのをいやがるんだねえ。」と言つた。すると「ウン、ミコチヤンダヨ、」と、ミコチヤンが小聲で言つてにつこりした。ミコチヤンは小さい口を開けては私の箸の先から魚肉を食べてゐたのである。ミコチャンももう數へ歳(どし)で三つになつてゐた。
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