小穴隆一「鯨のお詣り」(72)「一游亭雜記」(3)「臼井君」
臼井君
昨日は朝五時に起きた。玄關に行つてみたが新聞もきてかない。ゼリーで腹をこはしたやうだから自分で風呂を焚いてはいつた。風呂から出たら步けると思つた。そこで自分の足で往復できる臼井君の家(いへ)まで行つた。お役人の臼井君は日曜の朝寢をやつてゐた。それで庭のはうにまはつてみたら、普通ならば石が竝べてありさうなところを、夥(おびただ)しい靴墨ととお白粉(しろい)との空瓶(あきびん)がさしたててあつて、乏しい葉つぱの紫蘇(しそ)などが大切に圍はれてあつた。それで自分は、臼井君のために、臼井君の日本(につぽん)の生活が今日では三年に及んでゐることを嘆じた。が、それと一しよに、その殺伐なる庭のなかに、郊外の一風景を發見して立つてゐた。
[やぶちゃん注:「臼井君」不詳。]
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