小穴隆一「鯨のお詣り」(71)「一游亭雜記」(2)「老紳士」
老紳士
僕の家(いへ)の前を二丁ほど行くとゴルフ練習場に出る。このゴルフ場の橫に空地がある。そこを木村壯八(さうはち)のところの若者達が三角ベースで野球をする場所としてゐる。またこの傍(そば)には、早慶戰のレコードなどかけてゐる郊外建(だ)ての家がある。その家の主人公は、女中に練習場のキヤデイと同じやうな小さいバケツを持たせて、一人で悠々と二月の風のさなかを、僕等の三角ベースのグラウンドで、ゴルフに興じてゐたのである。
[やぶちゃん注:「木村壯八」(明治二六(一八九三)年~昭和三三(一九五八)年)は東京生まれの洋画家・版画家・随筆家。ルビは「そうはち」だが、一般には「しょうはち」(現代仮名遣)と読む。岸田劉生と親しく、大正元(一九一二)年の「ヒュウザン会」結成に参加している。大正一一(一九二二)年の「春陽会」創設には客員として参加、大正末頃から小説の挿絵の注文が増え、特に昭和一二(一九三七)年の『朝日新聞』に連載された永井荷風の「濹東綺譚」では作品とともに爆発的人気を博した。]
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