小穴隆一「鯨のお詣り」(64)「子供」(3)「洗馬宿」
洗馬宿(せばじゆく)
村のまんなかにあつた學校の屋根は、高い高い、ものであつた。
さうして、その學校のうしろには大きい山があつた。
學校、奇異なその建物(たてもの)のてつぺんには、木曾義仲が馬の脚を洗つてゐる刻物(ほりもの)がのつかつてゐた。
時をり、自分はしみじみとしてそれを眺めてゐた。
晴れた日の空のなかに高く、川は群靑(ぐんじやう)に、鎧(よろひ)が紅(あか)で、流れで馬の脚を洗つてやつてゐるその木曾の義仲はすつかり自分の氣に入つた。しかし、いくつもの峠を馬に乘つてきた自分を、山の中におぢいさんの家にゐる自分を、――お父さんは一人で函館に歸つてしまつた。――私の好きな海に大きい汽船が浮いてゐる函館を――ぼんやり考へてゐた。
[やぶちゃん注:標題柱にルビが振られているのは本書ではこの章のみである。]
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