小穴隆一「鯨のお詣り」(47)「影照斷片」(5)
○
――七月二十二日夕(ゆふ)、彼はサンドウィッチ、私はハムライス、二つとも彼の家(いへ)で出來たのを食べて、さて、われわれの夜がきた。
私達はいつも二人だけの話になるときのやうに橫になつた。
――二十四日
――私は義ちやんの畫架(ぐわか)を借りて畫(か)いた。
ゑのぐはつけないの?
僕ちやん(芥川比呂志)は、私の畫布(ぐわふ)をのぞいて言つた。
「あとで」と私は答へた。
僕ちやんは安心して行つてしまつた。
僕ちやんは、もう一度、帳面を持つてそばにきた。クレイヨン畫家は寫生をせずに行つてしまつた。
檢視官は「そのまま」と私に言つた。
屍體はそれでも多少は動かされた。
頸筋(くびすぢ)のところから、めきめき色が變つた。
肖像畫として殘すのには、全く絶望する色となつて私は筆(ふで)を投(とう)じた。
畫(ゑ)は、F號。
[やぶちゃん注:「二つの繪」版の「死顏」の原型。]
« 小穴隆一「鯨のお詣り」(46)「影照斷片」(4) | トップページ | 小穴隆一「鯨のお詣り」(48)「影照斷片」(6) »

