小穴隆一「鯨のお詣り」(20) 「二つの繪」(9)「劇藥其他」
劇藥其他
○ 既に鵠沼に移る以前に於いて、下島空谷の藥局より藥品を盜出(ぬすみだ)さんとも言ひ、(死ぬまで陰で彼が、下島空谷馬鹿親爺と言つてゐた理由は不明。)金田精一の藥局に這入(はい)るためには金田を紹介しろ等(など)、大(おほ)びらに駄々(だゞ)をこねる傾向を來(きた)してゐた。
○ 藥品でなくてもピストルでもよし、唯(たゞ)何か何時(いつ)でも死ねる物がありさへすれば、それを持つて生きてゐられる。忌憚なく言へば、自分に生きてゐて貰ひたいのなら死ねる物を持たせろといふ彼の態度であつた。
○ 身の周圍(まはり)に飛んでゐる蠅を捕(とら)へて幾匹か呑下(のみくだ)した。從つて、度を失つて大便を瀉(くだ)した彼、また僕の油繪の筆を、その豚の毛を、鋏で細かく切刻(きりきざ)んで大事に紙に包むでゐた彼、況や注射器を買つて、蒔淸(まきせい)からモルヒネを貰ふ日を待つ、左樣な芥川龍之は怖い者ではなかつた。
(註。友人蒔淸は、――但し、藥局方にはあつても醫者としてはポピユラーでない藥(くすり)の場合に、醫師であらうが知らずにゐる時も亦ありうるが、――金田は醫者のくせに藥について少しも知識がない。呆れた、と豪語してゐた男である。故(こ)蒔淸をして語らしむれば、芥川龍之介の劇藥に於ける智識は甚だ幼稚ではあつた。――である。自分は知る。蒔淸が與へたモルヒネを彼がもし使用したとすれば、彼はただ單に數時間だけ婆婆から消えてゐたらう。鎭痛安眠の量であつた。)
○ 僕のたつた一匹のスパアニツシユ・フライは、無論、彼の密かに用意してゐた注射器も、悉く彼が夫人によつて潰し捨てられてゐた。
○ 首縊(くびくゝ)りの眞似をする彼よりも、押入(おしいれ)の中(なか)でげらげら獨りで笑つてゐる彼のはうに凄さがある。
○ 或は、「醫學博士(はかせ)齋藤茂吉の名刺を僞造して、藤澤の町で靑酸加里(せいさんかり)を手に入れようか。」といふ。斯く眞面目(まじめ)に相談しかけてくる彼を、安心な者に自分は思つてゐた。
然し、恐しいのは、その藤澤の町を、單に夜の散步として步いてゐた一日(にち)、通りがかりの店で、たむしの藥を買つてゐた僕の後(うしろ)から、突如前に出た彼が、「靑酸加里はありませんか。」「證明がなければ賣りませんか。」と藥屋の店の者に言つてゐた。‥‥
斯樣な芥川龍之介を自分は最も怖れ、また、その時こそは彼を憎い奴(やつ)とも思つた。
店の者は、「證明がなくてもお賣りするにはします。」と言つてゐた。ただ其時は幸(さいはひ)に店に靑酸加里はなかつたのだ。自分は未だに忘れない。
[やぶちゃん注:「二つの繪」の「死ねる物」の原型であるが、「二つの繪」では大幅に追加がなされてある。]
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