小穴隆一「鯨のお詣り」(23) 「二つの繪」(12)「遺族に對する」
遺族に對する
僕の家の勝手口からはいつてきた彼はニコニコしてゐた。
「僕はやつと安心したよ。僕が死んでも全集が三千は出るとやつと今日(けふ)さう自信がついたよ。」
と言つてゐた。
(彼の全集の購讀者は漱石全集第一囘募集當時の數をば超えた。)
[やぶちゃん注:「二つの繪」の「妻に對する、子に對する、」という章題で纏めたものの一部の原型。そちらは、この「遺族に對する」の内容と、続くこちらの「妻に對する」「子に對する」の内容の三つを合わせた内容を書き変えたものである。
「彼の全集の購讀者は漱石全集第一囘募集當時の數をば超えた」小穴隆一は装幀だけでなく、編集委員の筆頭に名が挙がっているから、この記載は確かなものである。「二つの繪」の「妻に對する、子に對する、」の小穴の追記箇所によれば、『昭和二年に、芥川の第一囘の全集が岩波から出た時の部數は五千七百、漱石全集の第一囘の時よりも七百多いといふ話であつた。全集といふものは、第一册より二册目、三册目と、多少月々に滅つてゆくものであるが、その減りかたが少ないのを木版屋の都築(故人)が感心してゐた。出版屋といふものは木版屋に十減れば十だけ注文を減らすので、割合確かな數が知れてくるものだが、芥川の全集といふものは他の人のに比べると減り方は少ないらしい』とある。]
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