小穴隆一「鯨のお詣り」(66)「子供」(5)「旗」
旗
食べられない河豚(ふぐ)を釣る。あれも釣りであらう。幼稚園から尋常一年になる頃函館にゐて、河豚を釣つては下駄で潰してぽんと音をたてるのをたのしんでゐた。その力(ちから)をこめて河豚の腹を蹈潰(ふみつぶ)してゐた足が今日では義足である。日露戰爭の時には佐世保にゐて、島屋(しまや)のをぢさんに一度烏賊(いか)釣りに連れていつて貰つた。
どうも釣りの樂しさは食べられない河豚を釣つてゐる幼年の頃にあるやうだ。
函館といへば、私の母は函館で亡くなつたのであるが、朝起こされて便所につれてゆかれ小便をしたら、一枚あけた雨戸の間から母が庭へ凧(たこ)を出し、すうつとそれがあがつたのが目についてゐるのである。儚(はか)ないが私が母に對する記憶はこの一つしかない。凧の形はハタといふのである。(私とすぐ上の姉とは長崎生れである。)ハタが繪も字もないまつ白なものであつたのは、ことによると母が夜なべにこしらへておいたものなのかも知れない。
« 小穴隆一「鯨のお詣り」(65)「子供」(4)「子供の復讐」 | トップページ | 小穴隆一「鯨のお詣り」(67)「子供」(6)「地震」 »

