小穴隆一「鯨のお詣り」(79)「一游亭雜記」(10)「賣れつ子」
賣れつ子
(RESTURANT・Xにて)
一番の賣れつ子といふものはなかなか閙(いそが)しい。だから不潔で年中虱(しらみ)をわかしてゐる。
(BAR・Yにて)
あの洋裝のモガ? あれはこないだ階段から落ちて、ズロースの奧までみせたからもうこの店には出てゐない。
(CAFE・Zにて)
はだかのキユーピーに六十圓も衣裝代をかけたここのKチャンは、ここのマネーヂヤアと結婚、幸福で目出度い。
こんな話はY君の話である。
このY君は、知らぬこととはいへ知らぬ間(ま)に、自分がこの不景氣に一人でも失業者を出してゐたといふことは、氣の毒なことをしたと思つてゐる。と、車のなかで、笑ひながら話してゐた。
Y君がY君の義兄の家に行つて、話をしてゐたら、知らぬ間にそこの女中に箒(はうき)を逆さにたてられてゐた。姉がそれを知つて咎めた。女中は斷然非を認めない。姉も斷然あやまれと言ふ。あやまらない女中は馘首(くわくしゆ)されたといふのである。
[やぶちゃん注:「閙」(音「ドウ」)は一般には「騒がしい」の意味である。]
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