小穴隆一「鯨のお詣り」(87)「秋色」
秋色
行く秋や身に引まとふ三布蒲團 芭蕉
紅葉(もみぢ)は
――庭の落葉(おちば)
桐油合羽(とおゆ)を通(とほ)したのは
――障子が開(あ)いてゐて吹きこんだ時雨(しぐれ)
遠く辿(たど)つてゐた小徑(こみち)は
――廊下
林の中に佇んでゐたが
――それは茶を汲みに這入(はい)つた茶間(ちやのま)
さうして樹(き)の上のあの猿は
――如何(どう)した事か微(うす)ぐらい部屋の隅の簞笥(たんす)の上に
日頃(ひごろ)元氣な兒(こ)がくぼまつてゐたのだ
[やぶちゃん注:私は本パート五篇の内、最も好きなものである。最後のシークエンスが慄っとするほど素敵だ!
芭蕉の添え句は「韻塞(いんふたぎ)」「泊船」などに載り、服部土芳編「蕉翁句集」(=蕉翁文集第一冊「風」・宝暦六(一七五六)年完成)では貞享五・元禄元(一六八八)年作とする句。「三布蒲團」(小穴はルビを振っていない)は「みのぶとん」と読み、「三幅布團」とも書く。三幅(みの:「の」は和装織物の最も一般的な幅。和服地では鯨尺九寸五分で約三十六センチ。「みの」はその三倍であるから一メートル八センチ相当)の大きさに作った布団。如何にも貧弱で、事実、寒い。芭蕉庵の独り寝の侘びしさを伝える。
「桐油合羽(とおゆ)」四字へのルビ。桐油(とうゆ)は桐油紙(とうゆがみ)で油紙(美濃紙などの厚手の和紙に柿渋を塗って乾燥させてその上に桐油または荏油(えのあぶら)を何度も塗り乾かした強靱な防水紙)。これを表の素材とし、裏に薄布を合わせた防水着を「桐油合羽(とうゆがっぱ)」と名づけ、古くから外出着・旅行用合羽として用いられた。]
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