小穴隆一「鯨のお詣り」(50)「影照斷片」(8)
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惡い物は人にやること
これもまた僕に足のあつた昔の時の話である。我鬼先生當時三十一歳とみてよろしい。例の支那雜貨の守尾(もりを)、あそこで僕が筆を一本買つてゐる間(あひだ)に、先生は差渡(さしわたし)三寸(ずん)五分程のこんな
陶器をみつけた。さうして、そのなんだかわからないものを、呉須(ごす)も龍の繪も兩方ともいけないのを、如何(どう)したか、我鬼先生が五圓の値(ね)で買つてしまつた。「肉池(にくち)に使はう。」といふ。ところが店を出ること數步で、「僕はこれを地べたへ叩きつけたくなつた。癇癪が起きてくる。と言ひだした。夏の夕方の往來で懷(ふところ)だつて嵩張(かさば)るのはごめんといふわけでもあつた。我鬼先生はじりじりしながら、僕にうまい天ぷらを紹介して呉れたが、幾日かたつてまた會つた時には、「君、僕はあれを人にやつてよかつたよ。室生にやつたら、君、室生は早速肉を五圓買つてきていれておいたさうだがね。一晩で、みんな油を吸はれてしまつたといふんだ。君、惡い物は人にやることだねえ。」と、言つてゐた。僕は改めてまたその陶器に感心もした。
一體、陶器に對する室生犀星さんの目が肥えたのも、もしこのことあつて以後であるとしたならば、僕等はよろしく、惡い物はこれを人にやる事を實行したはうがよささうでもある。
[やぶちゃん注:陶器の形は底本の当該部を画像でスキャンして嵌め込んだ。
「例の支那雜貨の守尾」この書き方からは当時、戦前にかなり知られた中国雑貨店と考えねばならぬが、不詳。識者の御教授を乞う。
「三寸五分」一〇センチ六ミリメートル。
「呉須(ごす)」本来は、磁器の染め付けに用いる鉱物性顔料。酸化コバルトを主成分として鉄・マンガン・ニッケルなどを含む。原石は黒ずんだ青緑色を成すすが、粉末にして水に溶いて磁器に文様を描き、上に釉(うわぐすり)をかけて焼くと、藍色に発色する。ここはその系統の色合いを指している。
「五圓」Q&Aサイトで大正十年の一円を現在の約七千七百四十三円相当とする換算式があったから、凡そ三万八千円ほどに相当するか。
「我鬼先生當時三十一歳」数えであるから大正一一(一九二二)年と推定される。]
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