LA BONNE CHANSON第一篇 線條 山村暮鳥
線條
慈姑(くわゐ)に花が白く咲き、
而(さう)してそれが懶(ものう)げな玻璃(がらす)の花瓶に
傾(かたむ)くと、
薄暮(はくぼ)の通(とほり)が光ります。
混雜(こんざつ)を斜陽(ゆふひ)が砥めて十字路の角にポストの影を消す時、
「記憶」のやうな色が撒(ち)ります。
あゝ凡てがニコチンの毒を含みます。
海岸の空と、
女の肉と、
而(さう)して私が柳にかくれて見やうと
思ふ、
夏のうしろ姿は!
[やぶちゃん注:彌生書房版「山村暮鳥全詩集」ではここから「疲勞」までの五篇が大標題、
LA
BONNE CHANSON
の詩篇群となっている。なお、この詩群については、当初、弥生書房版を元にして電子化したが、直後に、明治四三(一九一〇)年九月十八日(暮鳥満二十六歳)に仙台の松栄堂書店から刊行された「LA BONNE CHANSON」の原本が国立国会図書館デジタルコレクションにあること(ここ)を知り、新たにその画像を視認して正規テクストとした。但し、原典本文は総ルビで、そのままそれを打つと五月蠅くなるので、私が読みが振れると判断したものに限って読みを振ったことをお断りしておく。一部に歴史的仮名遣の誤りがあるがそこはママとした。それがオリジナル電子化である証左となるからである。なお、この校合によって彌生書房版全詩集のそれは仮名遣いが訂されているばかりでなく、字配が操作されていることが判った)この総標題の“LA BONNE CHANSON.”(原典表紙の標題にはピリオドがある)はフランス語で「良き歌」であるが、かのポール・ヴェルレーヌ(Paul Marie Verlaine 一八四四年~一八九六年)が若き日、婚約者(婚約時、ヴェルレーヌは二十五歳)だったマチルド・モーテ(Matild Mauté:当時、十八歳)に書き贈った同題の詩群(ラヴ・ソング集)があり、暮鳥はそれを意識したものであろう。
「慈姑(くわゐ)」単子葉植物綱オモダカ目オモダカ科オモダカ属オモダカ品種クワイ Sagittaria trifolia 'Caerulea'。今や御節(おせち)にも見ることが少なくなった。私は何とも言えぬ、歯触りと、あの苦味が好きだのに。しかし私は「慈姑の花」を見たことがない。グーグル画像検索「クワイの花」をリンクさせておく。可憐だ!]