鞴祭の詩 山村暮鳥
鞴祭の詩
自分の意志はあかあかと
みよ、うつくしくやけただれてゐる
鐵砧(かなしき)の上なる意志を
鋼鐵(はがね)のやうな此の意志を
打て!
鐵槌をふりかざせ
とびちるものは火花の吐息だ
とびちるものは自分の吐息だ
くるしい
くるしいから美しいのだ
生きのくるしみ
それが人間にこもつて力となるのか
世界の黎明(よあけ)よ
研ぎすました此の冴え
ふれれば切れるやうな空氣
鋼鐵のやうな自分の此の意志
それを鍛へる自分の力
くるしめ
くるしめ
鐵砧の上できたへろ
とんかんと
此のいい音響(おと)で冬めを祭れ
[やぶちゃん注:標題「鞴祭の詩」の「鞴祭」は「ふいごまつり」と読み、鍛冶・鋳物師・踏鞴(たたら)師(砂鉄を集め、鞴を用いて製鉄を営む業者)などの金属精錬や加工を行う、鞴を使う職人の間で広く行われていた旧暦十一月八日の行事。後には風呂屋・石屋などの火を焚く職人のあいだにも広く普及していた。この日は、天から人に与えるために鞴が降ってきた日と称し、鞴に種々の供物(特に蜜柑)を供えて、これを集まってくる子どもたちに撒く振る舞う風俗があった。京を中心に盛んとなり、後には江戸に移って、全国的に広まったという(ここは平凡社「世界大百科事典」に拠った)。]