波だてる麥畑の詩 山村暮鳥
波だてる麥畑の詩
わたしらを圍繞(とりま)くひろびろとした此の麥畑から
この黃金色した畝畝の間から
私はかうして土だらけの手を君達のかたへとさし伸べる
君達は都會の大煙筒のしたで
終日じつと何をかんがへてゐるのだ
それが此の目にみえるやうだ
ああ大東京の銀座街
そこでもそよ風は華奢にひらひら翻つてゐることか
そのそよ風のもつてゆく生生しい穀物のにほひで
街の店店はみたされたか
すこやかであれ
すこやかであれ
都會は君達のうへにのしかかり
そして君達はくるしんでゐる
それは君達ばかりではない
それだからとてどうなるものか
しつかりしろ
ああ此の波だてる麥畑
わたしらをおもへ
わたしらはこの麥ばたけで
君達のうしろに立つてゐるのだ
君達の前額(ひたひ)をふいてゐるそよ風は私等がここからおくつてゐるのだ
ああ此の豊饒(ゆたか)な麥畑に
ああ此處にあるひばりの巣
その巣に小さな卵があると
私はこの事を君達に――全世界につげなければならない
[やぶちゃん注:「豊饒(ゆたか)な」の「豊」は原典の用字。]